第308話 源頼光・最終試練その1
咲夜たち4人が、役小角の凄まじい稽古を必死に受けていたその頃。
(よく分からねえが、ここには懐かしい空気が流れている。なんでだろうな?)
北の大鳥居を潜り、異空間へ転移した竜次は、だだっ広い土の大地を歩きながら、今、そう考えていた。過去の記憶にないこの場所に、自分がなぜ懐古の情を感じているのか分からない。それなのに竜次は、勝手知ったる故郷を歩くような足取りで、何も目印がない広大な空間を、迷わずどんどん進んでいる。
ほのかに懐かしい土の温もりを足に感じながらしばらく歩いて行くと、程なくして竜次は、小さな祠の前で待ち構える、精悍な姿の武人に出会った。竜次と顔や背格好の特徴がよく似たその武人は、純白の甲種甲冑装備を身に着け、腰にドウジギリを帯びている!
(あの武人とは、日陰山の洞窟と、7つ目の国鎮めの銀杯があった遺跡で遭遇している! 間違いない!)
その驚きの想いをもって竜次が近づいて行くと、不敵な笑いを浮かべ、こちらを見ている謎の存在は、
「よう、俺」
突然、彼にそう呼びかけた。何を言っているのか意味が分からない。竜次は謎の武人に、
「あんたは誰で、『よう、俺』とはどういう意味だ?」
思ったことをそのままぶつけるように尋ねた。純白の装備に身を包んだ武人は、あの時のようにニヤリと笑い、竜次の問いに答え始める。
武人が答えた内容は、次のようにまとめられる。
謎の武人は、この異空間の祠に祀られる神で、名を源頼光と言う。縁の国、暁の国、宵の国の3国が、アカツキノタイラで国として成り立ち始めた黎明期に、酒吞童子らを斬った討伐軍の総大将とは、この武神のことである。
源頼光は自分の素性を一通り話すと、竜次に『よう、俺』と呼びかけた理由を、続けて答えた。
「源竜次、俺はお前の前世だ。俺を見ても思い出せることは何もないはずだが、思うところ、感じるところは何かあるだろう」
竜次は信じられないという顔をしているが、この異空間と源頼光から、確かに言いようのない懐かしさを感じている。信じざるを得ないし、信じるしかない。
「竜次よ、お前は夢幻と戦える力を欲してここに来たんだろうが、そんなことは別にいい。力を身に付ける付けないは、お前次第の結果論だ。それよりも……」
自分の今世に語りかけていた源頼光は、そこで言葉を切り、
「お前には、前世の俺を超えてもらう。刀を抜け」
戦いの始まりを一方的に宣言すると、正眼に構えたドウジギリから、空間が震えるほどの剣気を発し始めた!
「あっちでお前の仲間に、役小角の爺さんが同じことを言っているはずだが、俺もお前に言っておこう。この異空間での戦いの最中、例え命を落としたとしても、ここから天の国に戻れば、なかったことのように復活できる。全力でかかってこい」
真剣勝負を始める前に、源頼光は狂気じみたことを話している。一見、親切そうなこの説明は、
(前世の俺には、今世のお前を殺す用意がある)
と言っているのと同義だ。だが、武神であり軍神でもある源頼光を超えなければ、どの道ここで何もかも終わる。
竜次は命懸けの覚悟を決め、ドウジギリ・改を抜き放つと、自分の前世に刃の切っ先を静かに向けた。