第306話 役小角・最終試練その1
神獣麒麟の襲撃を切り抜けた竜次たち一行は、燦々と差す温かな日の光を身に受けながら、その後、もうしばらく北へ進み、目的地の大鳥居に到着した。
「これはでっかい立派な鳥居だな~。俺はそんなに信心深いわけじゃないが、自然と拝みたくなってくるぜ」
竜次は、どうやって造ったのか想像もつかないほど大きく高い、2基の朱塗りの鳥居を見上げ、そのように驚嘆している。
「では、川蝉さんが示してくれた通り、二手に分かれましょうか。竜次さんは北の大鳥居、私たちは東の大鳥居を潜るのでしたね。竜次さん一人だけになるのが心配ですが、くれぐれもお気をつけて」
「ありがとうございます。大丈夫ですよ。咲夜姫と皆もよく気をつけて。後で落ち合いましょう」
竜次が咲夜の心配を取り払おうと自信を持って応え、北の大鳥居へ向かおうとしたところ、晴明は彼を呼び止め、
「北の鳥居を潜りしばらく歩けば、竜次殿は、ある武神に会うはずだ。その武神に、こう伝えて欲しい。『晴明がまだしばらく会えそうにないと言っていた』と」
妙な言伝をそう頼んだ。
(? どういうことだろうか?)
分からないが、その短い伝言には、晴明にしか知り得ない、何かの意味が込められているのだろう。詮索するのが嫌いな竜次はそれ以上考えるのを止めると、陰陽師の顔を見てうなずき、奇妙な頼みを引き受けた。
そうしたやりとりの後、北と東の二手に分かれた竜次と他の4人は、2方向にある朱塗りの大鳥居を潜り、しばらく進んで行く。すると、突然周囲の空間が大きく歪み、竜次たち5人は、ほぼ同時にその歪に飲み込まれワープした!
東の大鳥居側から異空間へワープした咲夜たち4人は、辺りに漂う霊気の流れを頼りに、今、だだっ広い土の大地を歩き進んでいる。多少不安に駆られそうなほど何もない異空間を、4人はしばらく進み続けると、程なくして、ある小さな祠の前で、錫杖の石突きを地につけ立っている白ひげの好々爺を発見した。修験者の神、役小角である。
「幻体のお姿とは、近頃よくお会いしておりますが、本体のお姿と言葉を交わせる日が来るとは、私も思っておりませんでした」
晴明が我が師に対し最敬礼の態度でそのように挨拶すると、役小角はうなずき、
「わしもお前とここで会うことになるとは、思っておらんかったぞ。よく国渡りの儀式のことを覚えておったな」
陰陽師の力を発揮し、仲間たちと共に天の国に登ってきた愛弟子を、そう珍しく褒めた。
「月読様から話を聞き、この異空間にやって来ましたが、潜在力を引き出してくれる神とは、役小角様のことだったのですね。ところで前鬼と後鬼は? 姿が見えないようですが?」
晴明に続けて挨拶の礼を執ったあやめが、役小角の両脇をキョロキョロと見回し、2体の式神の所在を聞くと、
「ああ、あやつらか。あやつらはあっちのわしの庵で飯を作っておるよ。お前さんたちの気配を察したのじゃろう。会いたがっておったがな」
そう笑いながら小柄な好々爺は、向こうを指し示した。役小角が指で示す方を遠目で見てみると、小さな森の前に瀟洒な庵が建てられており、その窓からは炊ぎ事の煙が出ている。
笑いながら庵の方を指していた役小角は、平生の顔に戻ると、
「お前さんたちは、夢幻を止める力が欲しいんじゃろう。夢幻と宵暁縁か……。あの精霊姉弟が受けた罰のことを……どれくらい前からになるかのう? わしは考えるときもあったが、この件に関しては、天照にも非があるのかもしれんな」
夢幻が今現在、果たそうとしている復讐について、個人的に思う所を話した。役小角の見解には、咲夜たち4人も納得できる部分がある。それゆえ4人は何も言えず、白ひげの好々爺との間に、しばらくの沈黙が走ったが、
「そうなんじゃが、折角ここまで来たのじゃ。わしにも思う所はあるが、お前たちの誠意を信じ、肩入れするつもりで稽古をつけてやろう」
役小角は自身の方針をそう定めると、涅槃の錫杖を悠然と構え、とてつもない霊圧を発し始めた!
「稽古を始める前に一つ言っておく。このわしが祀られておる異空間では、稽古中、お前さんたちが例え命を落としたとしても、ここから天の国に戻れば、何事もなかったように復活できる。大傷を受けた場合でも同様じゃ。安心して全力でかかってくるがよい」
甚大な霊圧に圧倒されながら戦闘態勢を作っている咲夜たちに、役小角はそう説明したが、親切とも思えるこの言葉の裏を返すと、
(お前さんたちを殺すつもりがある)
こう言っているのと同義だ。
いずれにしろ、課された最終試練をクリアしなければ、ここで話は終わる。異空間の中ではあるが、命を投げ出す覚悟を決めた、咲夜、あやめ、仙、晴明の4人は、できる限りの明鏡止水に心を整え、役小角と向き合い始めた。