第30話 よく来てくれた
出頭せよとは言われたものの、そう急ぎの用ではないらしく、伝令が来た後、次の日の昼に竜次と守綱は大宮殿へ向かった。全快した幸村が、玄関の外まで出迎えに来てくれている。
「竜次! 守綱! よく来てくれた。この通りすっかり大丈夫だ。お前達のおかげだ」
「いつもの若殿にすっかり戻られましたな。何よりです」
「咲夜姫の法力は凄いんですね。本当に2、3日で治るとは」
幸村は竜次と守綱に、とにかく会って、浄土山での礼を言いたかったらしく、今か今かと待ち構えていた。こちらを見つけた時、その若殿は屈託も衒いもない笑顔を彼らに向けており、2人も自然と良い笑顔で返している。
「そうだ、咲夜もよく私を助けてくれた。話したいことは幾らでもあるが、まず上がってくれ。父上と母上、それに咲夜も待っている」
幸村は半身を右後ろに引き、竜次と守綱に奥へ入るよう促すと、上司と部下の関係である2人は示し合わせ、若殿に一礼をし、謁見の間まで歩き進んだ。
竜次が初めてこの大宮殿に来たとき、勇ましい龍虎の屏風絵が、謁見の間の上座である頭領の席に飾られていたが、今日は涼やかで落ち着いた山水画が置かれている。昌幸と桔梗、それに咲夜は、竜次たちが入ってくると皆立ち上がり、まず笑顔で礼を述べた。
「よく参った。浄土山でのお前達の働きと幸村を救ってくれたこと、改めて礼を言う。ありがとう」
「守綱、竜次、幸村を救ってくれてありがとう。幾ら感謝しても足りません」
頭領夫妻はどんな時でも上に出ることがなく、配下であろうが民であろうが、常に相手の気持ちを考え、心からの感謝を示してくれる。縁の国の民から、平一族が愛される大きな理由であるが、
(こんな統率力がある御方が統治しているのに、なぜアカツキノタイラはこれほど乱れ続けているのか?)
どう見ても優秀な頭領の下に仕えているだけに、竜次はそう疑問に思わずにはいられなかった。
「竜次さん、兄上を助けて頂き、本当にありがとうございました。おかげで兄上は、手傷を受けただけで都に帰れました」
「いえいえ、咲夜姫もよく看護をなさったそうですね。姫の法力は、縁の国随一であるのがよくわかりました。大したもんだ」
「ふふふっ。竜次さんに褒められるとなんだか嬉しいですね」
明るい色の花が咲いたような笑顔を、咲夜は竜次に向けている。その様子を傍らで見ていた幸村は、
(ふむ。なるほど、そういう話になっていたのか)
主従を越えた親密な距離で話している2人に、妙な得心をしていた。




