第299話 最後の国鎮め
摂理の曼荼羅が霊的な6色の光で照らされている祭壇に、今、7つ目の国鎮めの銀杯が置かれた。連理の都、朱色の大宮殿神事の間において、これより最後の国鎮めの儀式が執り行われる。
儀式に臨む神々しい咲夜の巫女姿を目に映している竜次は、ここまでの苦労を思い起こし、感慨も一入の様子である。
幾多の激戦を潜り抜ける中、命を危険にさらす場面も多々あった。
(それもこれで全て報われる。そうなるはずだ)
竜次は酒呑童子との決戦の末、最後に手に入れた国鎮めの銀杯を見つめ、そう願わざるを得ない。
「では、7回目、最後の国鎮めの儀式を開始しよう。古来よりの伝承通りならば、7つ全て揃った国鎮めの銀杯が完全な霊力を取り戻し、アカツキノタイラに平穏と平和をもたらしてくれるはずだ。咲夜、頼んだぞ」
「はい」
縁の国の頭領であり我が父でもある平昌幸の言葉に応じると、咲夜は無垢の祭壇に臨み、長い真言を唱え始めた。銀髪姫の法力は、清廉な真言詠唱により強く高められ、その体から溢れ出るオーラが、7つ目の国鎮めの銀杯に干渉する!
咲夜のオーラにより、国鎮めの霊力を極限まで引き出された銀杯は、一直線に伸びる白色の光を放ち、摂理の曼荼羅の一部を煌々と照らし始めた! 最後の国鎮めの儀式が成功し、全ての銀杯が完全な霊力を取り戻したその時! 連理の都から見て、東南東の空に浮かび続ける白雲が開き、雲間から注がれる七色の光が、神事の間の天窓を通し、国鎮めの祭壇を優しく照らし始める!
天からの加護を授けられた国鎮めの祭壇は、暖かで力強い無尽蔵な霊力を放ち続け、アカツキノタイラを淀ませていた瘴気を、全て消し去った!
(これで世界に平和が訪れた。今までの何もかもが報われた)
この場にいる誰しもがそう心の内で思い、極度の緊張から解放されたのか、既に安堵の笑みを浮かべている者もいる。しかし!
朱白の衣に身を包む、妖艶さと可憐さを兼ね備えた、莫大な霊力を持つ天女? と思しき者が、神事の間南側の中庭に、突如として飛来し、
(天の国への道を開いてくれてありがとう、皆さん。それに……竜次さん。これでやっと、復讐を果たせる)
と、寂しげな顔で、皆の心に直接語りかけてきた。復讐とは何のことか? 内容が全く見えない一方的な語りかけだが、中庭で浮遊する天女? の圧倒的な霊圧の前に、ほとんどの者は体が竦んでしまい、動くどころか声を発することもできない。だが、ただ一人、
「お前は誰だ! なぜ俺の名を知っている!」
胆力で霊圧を跳ね返した竜次が立ち上がり、叫ぶように謎の女へ問いかけた。慈しみの穏やかな顔で竜次の叫びを聞いた天女? は、何も答えないまま高く浮かび上がると、七色の光の道を辿り、東南東の雲間へ向け超音速で昇天して行く。
天道を辿り飛ぶ彼女の顔は戦いのものに変わり、もはやその心には、微塵の慈悲も残されていない。




