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鬼斬り剣士の異世界平定記  作者: チャラン
第7章 宵の国・平定編

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第294話 大江山倶利伽羅平・春の陣その1

 晴明の師、役小角が、竜次たち5人に激烈な稽古をつけてくれたおかげで、縁の国は、鬼たちの首領、酒呑童子に対抗し()る戦力を手に入れた。後は雪解けの春を待ち、決戦に向けた軍備を、国の指導者である昌幸と幸村が中心となって、着々と整えていくしかない。


 自身の力を大きく高めることに成功した竜次たち5将は、連理の都に帰還し、修行の首尾を頭領平昌幸に報告した後、「春まで更なる自己研鑽を重ね、(いくさ)のときを待て」、という主命を続けて受けた。


 これは主命の形を取っているが、大雑把な内容を見て分かる通り、実質的には昌幸が竜次たちに与えた長期休暇だ。今までの長旅と(いくさ)の中で、6つの国鎮めの銀杯を探し出した竜次たちの功績を(ねぎら)い、(きた)る酒呑童子との決戦まで、英気を養ってほしいという意味を、昌幸はこの主命に込めたのだろう。


 長い自由時間を貰った形になり、春まで暇になった竜次は、剣術などの自己研鑽に励みつつも、侍大将の月給を使い、時折り羽根を伸ばしてもいる。縁の国の武官として、せっかく高額の給料を貰っているのだから、たまには金を使って遊ばないと損というものだ。


「あら、いらっしゃい。ちょっと久しぶりだったわね、竜次さん……あら? ふふっ、彼女さんたちも、また来てくれたのね」


 そうしたわけで長期休暇を利用し、居心地が良い倶楽部『縁』を訪れた竜次だったが、彼にとってどうも具合が悪いことに、今回も()()()()()がついてきてしまっている。


「こんばんは。変わらずいい雰囲気のお店ですね」

「しばらく会わなかったねえ。またお酒を飲ませてもらうよ」


 縁の若ママが言う()()()()()()とは、咲夜と仙のことだが、この日のために2人は、とっておきの着物を用意しておいただけでなく、とても艶やかにめかし込んでいた。そんなことをするから、元々非の打ち所がないほどの美人が更に際立ってしまうわけで、店内の客や従業員は、艶姿(あですがた)の咲夜と仙を同伴し、『縁』に入ってきた竜次を見て、


(どこのお大尽だろうか?)


 と、思わざるを得ない。


 そんな視線に困惑しながらカウンター席に座り、竜次は若ママと話し始めたのだが、なぜこんなことになっているのか、作者からも少し経緯を述べたい。




 忘れておられる方も多いと思うが、竜次は星熊童子討伐前にも咲夜と仙を同伴し、彼女らと一緒に倶楽部『縁』で酒を呑んでいる。その時、咲夜は竜次との二人きりのデートを仙に邪魔された形となり、随分怒っていた。怒る原因を作った仙は、咲夜の機嫌を直すため、次の竜次とのデートは邪魔しないと約束し、その場は事なきを得た。


 そうではあったのだが、暁の国で熊童子を倒した後、昌幸から与えられた休暇中に、今度は竜次が仙の機嫌を損ねてしまった。その際、仙は竜次を許す条件として、やはり二人きりのデートの約束を取り付けている。


 だが、不器用な竜次にとって、咲夜と仙、自分を取り合う二人の間を、うまく立ち回ることなど不可能である。それゆえ彼は、結局どちらの美人とも機会を調整できず、二人きりのデートをする約束を果たせなかった。しかしながら、それで咲夜と仙が納得するわけがない。


 というわけで、ギリギリの折衷案として、倶楽部『縁』に咲夜と仙を同伴する運びとなり、ヤケになった彼女たちは、これでもかと、めかし込んで来たわけだ。




「ふふふっ! そんなことがあったの? 竜次さんも大変ね」


 竜次が、そうした複雑な経緯をできるだけオブラートに包み、若ママに話したところ、思いの外ウケたようだ。若ママは上品に口に手を当て、おかしそうに笑っている。もっとも、若ママが笑っている理由に気づいた咲夜と仙は、こちらを向いてムッとしていたようだが……。


 一頻(ひとしき)り笑った若ママは、いつものどことなく寂しげな、落ち着いた雰囲気に戻ると、店に来てくれた竜次たちから飲み物の注文を聞いた(のち)、それぞれの目の前に精緻な加工が施された、切子細工のグラスを出してくれた。若ママのセンスが光る3つのグラスに、いつもの辛口の名酒と搾りたての柑橘ジュースが注がれていく。


 今日の若ママは、紫の下地に朱の山茶花(さざんか)があしらわれた着物に身を包んでいる。(はかな)く可憐な彼女の容姿が、その装いで更に引き立てられており、竜次はグラスの酒を呑みながら、思わず若ママに見惚れてしまっていたが、


(竜次さん! その顔は何なんですか!)

(いい加減にしなよ? 竜次?)


 すかさず両脇から咲夜と仙が小突き、厳しいツッコミを入れてきた。


 三方を美人に囲まれながら良酒を呑んでいるものの、どうも調子が出ない竜次であったが、


「あっ、そうだ! ママに言い忘れるところだった」


 何か伝え忘れていた話を思い出したようだ。竜次は、怪訝な様子でいる若ママの綺麗な顔を、じっと見たまま、


「ママも、酒呑童子っていう名前の鬼を知ってるだろ? 俺は、春になったらそいつを倒しに行くんだ」


 と、彼らしく、店の空気を一変させる重要(ごと)をサラリと言った。


 その昔、アカツキノタイラの人々を大いに苦しめた鬼たちの首領、酒呑童子と、その酒呑童子を討伐した鬼斬りの軍の伝説は、縁の国においても、ほとんど忘れられていたところだ。だが最近になり、近年この世界が不穏すぎるのは、酒呑童子が復活したことに起因しているらしい、という噂が連理の都で広まっており、縁の若ママも、客づてにその悪い話を耳に入れていた。


 顔色一つ変えずに、酒呑童子との決戦に臨むと伝えた竜次とは対照的に、彼と向き合う若ママの顔は、明らかにこわばっている。


 若ママは、少しの間、何も言葉が浮かばない様子だったが、後ろを振り返ると、彼女の得意料理、牛肉と根菜の煮込みを、鍋の中からお玉で器に盛り、竜次の前へそれをすっと差し出した。


「必ず生きて帰ってきて。竜次さん、約束よ」


 どうやら若ママは、約束の指切りげんまんを交わす替わりとして、この煮込みをサービスで出してくれたようだ。それを理解した竜次は、(さわ)やかな笑顔を浮かべ、彼女の得意料理をうまそうに食べながら、グラスの酒をよく呑んだ。




 アカツキノタイラに雪解けの春が訪れ、今、連理の都の大通りに咲く桜は満開である。


 このうららかな春の日の訪れを待ち、入念な軍備を整えてきた昌幸と幸村は、咲夜、竜次、あやめ、仙、晴明、更には、結の町から呼び寄せた与一を含めた6将と、5000名の精兵を引き連れ、酒呑童子が根城にしている宵の国大江山へ向け、連理の都から出陣した。アカツキノタイラに平穏と平和を取り戻す。その決意に満ちた将兵たちの勇ましい姿を、沿道の民たちは大歓声で送っている。


 守綱だけは万一のときの備えのため、連理の都の守将として残されたが、この歴戦の猛将は、主命とはいえ大決戦に参加できないことを、相当悔しがっていた。


 また、連理の都から出陣するに当たり、前もって連絡を取っていた通り、大江山倶利伽羅平地方を進軍する途中、2000名の精兵を引き連れた宵の国の君主源義経が、平昌幸率いる縁の国の軍と合流している。


 その結果、縁の国宵の国連合軍、総勢7000名余りの将兵たちが、この大江山倶利伽羅平に揃い立つこととなった。


 舞台は全て整った。人と鬼、決して相容(あいい)れぬ両者の存亡を賭けた最終決戦の火蓋は、間もなく切って落とされる。

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