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鬼斬り剣士の異世界平定記  作者: チャラン
第7章 宵の国・平定編

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第293話 役小角(幻体)・その3

 そびえ立つ大山の如き役小角の霊圧に対し、竜次たち5人は、攻撃のイメージが全く湧かない。その様子を見て(らち)が明かないと思ったのか、役小角は大サービスで非常に重要なヒントを与えた。


「さっきの攻撃をわしにいなされ、縮こまっておるようじゃが、お前さんたちが失敗したと思っている攻撃も、全く無駄にはなっておらん。今の力を振り絞り、わしに攻めかかれば攻めかかるほど、お前さんたちは黒曜石の大球から霊力を吸収し、段々と新たな力を身に付けることができる。これはそういう稽古じゃ。前鬼と後鬼と戦った時を思い出せ」


 白ひげの好々爺は一通り語った後で、「こりゃしまった」というような顔をした。稽古のヒントを出しすぎて、ほとんど答えを言ってしまったのだろう。もっとも、そういった気づきをつかむ余裕もない今の竜次たちにとって、この上なく有り難い役小角の失策である。


 修行の意図を理解した竜次たち5人は、その後も全力で攻撃を繰り返し、全く役小角に歯が立たないまま、何度も何度も跳ね返された。それでも5人は、莫大な霊圧にぶつかる過程で、黒曜石の大球が持つ霊力を少しずつ心身に取り入れることに成功し、徐々に地力が上がってきている。


 また、役小角の幻体へ、全力攻撃を諦めず繰り出していく内に、持つ力の使い方自体が分かってきたのか、多少なりとも涅槃の錫杖による凄まじい反撃に対応できるようになり、段々とだが、稽古が稽古らしい形になってきた。




 激烈な稽古が始まり、一時間以上が経った。妖狐山麓の雪景色に注がれる昼の日は、今、ほのかに温かい。天から注ぐその光は、気力体力を()けて修行に挑む竜次たち5人の体を、励ますように照らしている。


 稽古を続け、地力が上がってきた実感はあるものの、5人の力は既に尽きかけており、晴明や、九尾の狐本来の姿に変身した仙すらも、肩で息をしている状態だ。


「この姿ならどうにでもなると思ってたけど……考えが甘かったねえ。とんでもないじいさんだよ、あれは」


 長時間、こちらが持ち()る限りの力をぶつけても、びくともしない役小角を見て、仙は呆れたようにつぶやいている。


「ハアハア……。何にしても、俺たちが全力で攻めかかれるのは、あと一回だけだ。それで攻撃を出し尽くしたら、みんなへたばっちまう。小角のじいさんが納得する形になるかは分からねえが、最後にやってみるしかねえ!」


 尋常でない稽古の繰り返しで、ほとんどボロボロになっている竜次の決意を聞き、咲夜、あやめ、仙、晴明の4人も覚悟を決めた。一瞬、呼吸を合わせる集中を、5人全員で行った後、


「双炎狐!」

「…………!」

「朱雀炎!」


 咲夜、仙、晴明の術者3人が、残っているありったけの法力と霊力で、炎の法術を撃ち放ち、役小角の隙をわずかでも作らんと試みる!


「…………」


 涅槃の錫杖を、高速で向かってくる爆炎の塊にかざした役小角は、無言で霊圧を発すると、3人の術者が最後の力を()けた渾身の法術を、何の慈悲も無く打ち消した! だがそこに、ほんの刹那の緩みがあったのか、わずかな隙が生じる!


「オオオォォォッッッ!!!」

「ハアアアァァァッッッ!!!」


 爆炎の後ろに隠れ突貫してきた竜次とあやめが、鬼神のごとき形相で役小角の両腕目掛け、最後の斬撃を見舞った! そのコンビネーションにぴくりと眉を動かした小柄な翁は、涅槃の錫杖で2人の斬撃を受け流したが、それは完全無欠な防御とはならなかった! 受け流し損ねたドウジギリ・改の刃が、役小角が着る(くず)の衣をかすめ、わずかに袖を切り裂いている!


 最後の連携攻撃を放った竜次たち5人は力を出し尽くし、もう一歩も動けない。受け流しの目測を誤り、袖をほんの少しだけ斬られた役小角は、へたばった5人の様子を見て冷静に考えていたが、


「まあこれでよかろう」


 と、稽古の終了を告げた。最後の最後で及第点に届いた形なのだろう。呼吸を整えるのに必死な竜次たち5人に、白ひげの好々爺は続けて、


「力は、ある程度引き出してやった。酒呑童子に勝てるかどうか、後のことはお前さんたち次第じゃよ」


 妙にあいまいなことを言い残すと、透明体となり消え去ってしまった。


「気になる言葉を残して行かれましたが……」

「稽古の最初辺りで、いつになく親切なことを言っておられたが、我が師は、いつもはあんな感じだよ。後は自分たちで考えろということだ」


 生真面目に役小角の残した言葉を考えるあやめに、晴明は、いつものことだ、そこまで気にするな、と答えている。


 ともかく竜次たち5人は、役小角から激しく厳しい稽古の見極めをかろうじて貰い、新しい力を手に入れた。飄々とした好々爺の幻体は既に消えてしまっているが、各人の力を伸ばす手助けをしてくれた黒曜石の大球は、どっしりとそこに鎮座したままだ。


 竜次たちは、役小角の幻体の代わりとして、霊験あらたかな大球に丁重な礼を言うと、仙の縮地を使い、真っ白な雪景色の妖狐山から連理の都へと帰って行った。


「変身が解けるくらい力を出しちまったよ。長いこと生きてるけど、こんなこと初めてさ。何なんだろうね、あのじいさん」


 身に秘める膨大な霊力を使ったことで、いつもの姿に戻ってしまった仙は、縮地の法術を唱えて帰る時、狐耳をぴょこぴょこ動かしながら、そんなことをブツブツ言っていたようだ。

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