第286話 大江山倶利伽羅平・秋の陣その3
明星の町、砦内における竜次と静、2人の邂逅と、時が少し前後する。
静救出のため自ら囮となり、一対一の勝負を茨木童子と繰り広げている仙は、不敵な笑みさえ浮かべながら戦っているが、内心、彼女にしては珍しく焦りを覚えていた。
(こいつ、昔より強いね。長いこと封印されてる間、妖力を溜めていたんだろう。それに……)
膨大な霊力を用いて各属性の法術を繰り出し、茨木童子が放つ強力な妖術攻撃に対抗している仙は、相手の実力を正確に測り、把握すると共に、今の自分に対する如何ともし難い何かのジレンマを、感じざるを得ない。
大昔、確かに仙は、自分の棲家に攻めてきた茨木童子とオーガ軍を撃退したのだが、その時、鬼たちと戦っていた彼女は今より強かった。
今より遥かに強い姿をしていた、と言うべきだろうか。
異世界アカツキノタイラだけでなく日本においても、元来、九尾の狐というものは、文字通り九つの尾を持った狐の大霊獣として、圧倒的な姿で描かれる。従って今の仙は、本来の力を発揮できる姿ではない。
(人から狐の姿に戻れば、こんなやつどうにでもなるんだけど、長いこと大した相手と戦ってこなかったから、変身の仕方を忘れちまったね。厄介なことだよ)
九尾の狐本来の姿に変身できず、大昔に対峙した時より弱い仙に、茨木童子は気づいたのだろう。時が止まったように少女性が残る可愛らしい顔を、邪悪な笑みで歪めた女鬼は、
「鬼風刃!」
風の妖術を唱え、空気で作られた鋭利な刃を無数に発生させると、仙に向けて撃ち放った!
「霊炎壁!」
周りの空間から急激な妖気の高まりを察した仙は、素早く分厚い法術壁を発生させ、風の刃を全て相殺せんと試みる! しかし、弱まりながらも炎の壁を突き抜けた空気の刃が、黒白の戦闘服を着た仙の右腕をかすめてしまった!
「くっ! 腕を怪我するなんて、いつ以来だったかねえ。やるじゃないか!」
「ふっ! 弱くなったよね、あんた。昔はこんなもんじゃなかったよ。どうしちゃったの?」
嘲りながら仙を見下す茨木童子は、余裕の笑みを浮かべている。
(人の姿ではこいつに勝てない)
仙が劣勢をはっきり認めたその時、上空に打ち上げられた花火の大音が、明星の町東門の方向から、ここまで響き渡ってきた! 竜次とあやめ率いる別働隊が、静救出に成功した合図だ!
狼煙として打ち上げられた花火の大音を聞いた、昌幸以下縁の国の軍は、潜伏していた東の森林から一斉に現れ、囮の役目を果たした仙を救わんと、全軍、倶利伽羅平に突撃した!
「何なの!? どういうこと!? 謀られた!?」
「そういうことさ。茨木童子、あんた昔からちょっと間抜けなところがあるね? あんたが取ってた人質は解放されたし、仲間が私をもうすぐ助けに来てくれる。これで形勢逆転だよ」
計略に気づいた時にはもう遅い。茨木童子は歯噛みをして一瞬悔しがると妖気を高め、明星の町と周辺の平原から、各種のオーガたちと、操った宵の国の兵を呼び寄せる。
囮作戦は完全に成功し、囚われていた義経の妻、静の安全は確保され、戦における懸念は無くなった。ここから先、この合戦は、総力戦となること必至である。




