第284話 大江山倶利伽羅平・秋の陣その1
晩秋は終わりに近づいている。広大な平原を流れる冷たい朝の秋風は、戦に臨む将兵たちの気を更に引き締め、進軍中の彼ら彼女らを鼓舞する大自然からのエールとなっていた。
平昌幸は、宵の国の君主源義経と、その配下の兵たちを救出した後、丸一日軍を進め、義経の妻、静を人質に取っている茨木童子をなるべく刺激しないよう、明星の町にできるだけ近づいた。今、縁の国の軍4000名余りの将兵たちは、明星の町の東に広がる森林地帯を利用して潜伏し、気配を殺して城塞都市の様子を窺っている。
「よし、昨日話し合った手筈通り、救出作戦を実行しよう。茨木童子がどういう行動を取るか、それ次第になるが、危険性をいつまでも考えていては何も動かぬ。竜次、あやめ、仙、頼んだぞ」
『はっ!』
頃合いを見て意を決した昌幸は、竜次、あやめ、仙に命じ、静救出を目的とする囮作戦を開始させた。命じられた3将の覚悟は既に十分であり、失敗が許されない役割をそれぞれ果たすため、小鳥が時折りさえずる森林を出ると2手に分かれ、明星の町へ近づいて行く。
この作戦の成否は、囮となる仙が、囮として認識されるかどうかにかかっている。天神足の法術を用いて、仙はただ一人、明星の町北側の防壁前に広がる平原に高速移動し、だだっ広い倶利伽羅平にポツンと立ちながら、敵の出方を待っていた。
北の防壁に付けられた正門前には、警戒と守備のため多数のオーガが配置されている。黒白の戦闘服を着た仙に気づくと、彼女を排除するため、正門前に屯していたオーガたちは緩慢な動きで近づいてきた。
「こいつらを全部やっつけるのは簡単だけど……。今は事を荒立てない方がよさそうだね」
自分を殺そうと近づいてくるオーガの集団を眺めつつ、そうつぶやいた仙は、無限の青袋から鬼の呼笛を一本取り出すと口をつけ、不思議な旋律を奏で始めた。鬼の呼笛から生じるなめらかな音色を聞いたオーガたちは、ピタリと動きが止まり、旋律を奏でた仙を敵と認識できなくなっている。
「あの音色は……。どういうこと? 何が起こってるの?」
仙はどうやら選択肢を間違えなかったようだ。想定外の異変に気づいた茨木童子は、町の北側正門近くにある櫓に登り、笛の音色を聞いたオーガたちが立ち往生している、平原の様子を見始めた。
この絶好の機会を逃してはいけない。千里眼の法力を持つ遠見の眼鏡をかけ、茨木童子が櫓に登るのを見ていた仙は、超速子エネルギー利用の拡声器を無限の青袋から取り出すと、それに口を当て、
「久しぶりだね、茨木童子。私は仙だ。妖狐山でお前をひどくやっつけた九尾の狐だよ。因縁を覚えてるだろう? 一対一で相手をしてやる。ここまで出てきな」
と、迫力たっぷりな声で挑発した。茨木童子は冷静を装い、仙の挑発を聞いていたが、
(こんなところで出遭うとはね……。あいつが言ってる通り、確かに因縁だわ)
大昔を思い出し、軽く笑った後、ふつふつと怒りの感情が湧いてきたようだ。櫓から降りた茨木童子は北側正門を出ると、倶利伽羅平で一人待っている仙の所まで歩いて行き、
「随分久しぶりね。殺してあげる」
冷酷な目に静かな激怒を湛え、女同士のタイマン勝負を始めた!
その頃、静救出の要の役割を持った、別働隊200名を率いる竜次とあやめは、潜伏していた森林を出て、明星の町南門近くの茂みに回り込み、時が来るまで身を潜めていた。
遠見の眼鏡をかけたあやめが細心の注意を払い、茂みの中から町の様子をじっと見続けていたが、
「囮作戦が成功したようです。茨木童子が防壁北側の平原に出ました。私たちも動きましょう」
側にいる竜次に機会到来を告げると、2将は200名の精鋭部隊を率い、南門へ向けて侵入を開始した。
ここからは、とにかくスピードが必要となる。静の身に降りかかるリスクを、承知の上での作戦だが、もたつけばもたつくほど、そのリスクは雪だるま式に増していってしまう。
(考えてる暇はねえ! 人だろうが……今は斬るしかねえ!)
先行するあやめが、迷いなく投擲した爆弾により、明星の町南門の扉は即座に破壊された! あやめに続き、爆破された南門から侵入に成功した竜次は修羅となり、大蜘蛛のあやかしに操られた兵をドウジギリ・改で払い除け、役所兼砦に囚われている静の所へ、全速力で駆けて行く!




