第281話 違うのか?
宵の国の最高指導者である源義経が、なぜこのような窮地に陥っていたのか、救い出した状況が状況であっただけに、幸村の脳裏には聞きたいことが山程浮かんだ。しかしながら、源義経の苦悩に憔悴した表情と向き合ってみると、縁の国の若殿はその辛い心情を慮ってか、何も聞けずにいる。
ただ、この広い倶利伽羅平において、五体満足で無事な源義経を救出できたのは、大天啓と言えるほどの幸運だ。そのことを悟った幸村は複雑な感情から我に返ると、救出した義経と兵たちに、
「義経殿、皆さん、父昌幸の本軍と合流しましょう。まずご安心下さい」
そうとだけ声をかけ、自ら先頭に立ち安全を確保しながら、消耗が激しい彼ら主従を縁の国本軍まで導いて行った。
義経は、平昌幸率いる縁の国本軍に合流すると、ようやく安堵できたのか、顔色が少し良くなってきた。
「昌幸殿、幸村殿、咲夜殿、諸将の方々、危地から救って頂き感謝に堪えません。ありがとうございます」
気力体力が幾分回復した義経は、平一族と縁の国の諸将に、兵と自分を救い出してくれた感謝を示すため、一人一人と向き合い、握手を交わしている。顔と顔を向き合わせて固い握手を交わす将の中には、もちろん竜次も含まれているわけだが、彼は宵の国の君主である源義経の精悍な容姿を見て、どういうわけか、傍からでも分かる尋常でない驚き方をしていた。
(従兄弟の義経と似ている……。瓜二つと言っていい……)
自分と向き合い、驚きのあまり目を見開いている竜次の様子に、義経は多少怪訝な顔をするばかりで特段変わった反応を見せない。竜次はその義経の表情を見て、
(違うのか……? 過去の記憶と重ね合わせをしているのは俺だけ?)
今、心が揺り動かされているのは自分だけであるのを悟った。
少し振り返りを挟もう。
竜次は咲夜と共に3つ目の国鎮めの銀杯を探すため、星熊童子討伐後、仁王島地下に出現した光の門を潜ったが、その門は竜次の生まれ故郷の田園風景に繋がっていた。稲穂の黄金色が風にサラサラとなびく中、咲夜が竜次と共に彼の生家を見ていたのを覚えておられる方もいるだろう。
またその時、竜次は自分の生家を眺めながら、20代前半の頃、両親を立て続けに病気で亡くした話を銀髪姫に打ち明けている。
若い竜次は両親を早くに亡くした当時、心身共に大変堪えながらも、喪主として葬儀をきちんと執り行った。その葬儀の中で、辛い境遇にある彼の肩に優しく手を置き、
「大変だったな。この先何か困りごとがあれば、まず俺を頼ってくれ」
と言ってくれたのが、従兄弟の源義経であった。義経は竜次と同じく剣の道を幼い頃から志しており、同じ剣道場に通い、互角稽古や試合で練磨し合う、竜次にとっては兄のような存在でもあった。
(だが、俺が自動車工場に勤めていた頃、義経は失踪して行方不明になっちまった……。だから、同姓同名で姿が瓜二つの、宵の国の君主、源義経を見てそうだと思ったんだが)
諸将たちと一通り握手を交わし、平一族と話し合いを始めている義経を見て、竜次は茫洋と、そんなことを回想していた。




