第279話 奇妙な敵兵
「咲夜が言う通り、妙な静けさではあるが……。ともかく守綱と連絡を取ろう。幸村」
「はっ!」
昌幸は、丘の上に築かれた堅い軍事拠点を幸村に指し示し、
「八幡の砦へ使いの兵を向かわせよ。我らが援軍として来たことを知らせるのだ」
「承知しました!」
縁の国の軍旗を立てた使いの騎兵を走らせ、砦の守将である守綱とコンタクトを取るよう命じた。
守綱との連絡は無事につき、縁の国平家の誇りでもある青藍の軍旗を掲げながら、頭領昌幸率いる4000名余りの将兵たちは、八幡の砦の守兵200名と合流した。寡勢で重要拠点を守ってきた兵たちは、昌幸自らが援軍として駆けつけたことに意気を得ており、士気がすっかり回復したようだ。
「御館様! 幸村様! 咲夜様まで! 来てくださいましたか!」
率いてきた正規軍を合流させた後、各将たちと共に砦内の司令室に入った昌幸は、喜びの笑顔を見せる守綱の姿を確認し、心から安堵していた。配下を越えた竹馬の友である守綱の肩に手を置き、昌幸も笑顔で応えている。
「よく八幡の砦を守ってくれた、守綱。もう大丈夫だ。それで早速になるが、状況を聞かせて欲しい」
頭領の求めに応じ、守綱は今の状況に至るまでの説明を始めたのだが、それはともすれば、にわかには信じ難い奇妙なものであった。
状況報告によると、昌幸が将兵たちと出陣する前、連理の都に入った一報通り、宵の国の軍の先遣隊が八幡の砦に接近してきたため、守綱が守兵と共に応戦したのは事実として間違いない。
しかし、倒した先遣隊の様子が明らかに奇妙であったらしい。軍として統率が全く取れておらず、数もまばらに向かってきていたのも、まず妙であったが、一番不可解な点として、宵の国の兵はどれも死人のように青白い顔色で生気がなかったのだと言う。
「そこで不審に思った我らが、敵兵の一人を捕らえ、調べてみたところ、なんと背中に大蜘蛛の形をしたあやかしが貼り付いておったのです。大蜘蛛が捕虜兵の生気を吸うのを見て、これはいかんと思い、拙者は背中のあやかしだけを斬り殺しました。すると、弱っていた兵は人間らしい穏やかな顔に戻り、そのまま息絶えてしまったのです」
身振り手振りを交えた守綱の状況報告が終わると、昌幸は顎に手を当て、沈思黙考を始めた。平家の頭領として今まで国を導いて来た彼は、どんなありえない状況に陥っても柔軟に物事を捉え、的確に判断を行う、そうした高度な能力を持っている。
「守綱の話を聞く限り、大蜘蛛のあやかしが宵の国の兵を操っていると見て間違いなかろう。進軍することで、状況が変わる可能性はあるが、宵の国の君主、源義経とも戦う必要が出てくるかもしれぬ。やむを得まい。皆、宵の国へ入るぞ」
思考がまとまり、今、導き出せる結論に行き着いた昌幸は、宵の国の領地、倶利伽羅平へ軍を進める決断を下した。




