第26話 若君の帰還
戦が終わってみれば、静けさが一面に広がる野山が続く。浄土山という地名には、霊場の意味が込められており、普段は修験者や信仰者が訪れる霊山であるのだが、ここ最近は、賊が罰当たりにも根城にしていたため、それができなかったようだ。今回の討伐で、一連の危険は完全に排除した。しばらくは、元の静かな深緑の山に戻るだろう。
「傷が痛みますか? 幸村様?」
「なあに、かすり傷だ。心配ない。多少、ブルーオーガの拳をかわしきれなかったのだろう。私もまだ鍛錬が甘い」
竜次たちを浄土山の戦場まで案内したくノ一のあやめが、心配そうに主君の怪我を気遣っている。幸村の剣技と強さは、相当なものであるのは間違いない。だが、前線に自ら打って出たことにより、幾らかの手傷を負ってしまっている。彼自身が言うように、かすり傷の範疇ではあるが、痛みはかなりあるだろう。それでも馬上の幸村は、顔に苦痛の歪みを全く出していない。兵を不安にさせてはいけない、連理の都に帰還している今でも、総大将としての責務を全うしようとしているのだ。若いながら周りも自分も見えている、素晴らしい名将と言える。
「それよりも竜次、そなたはとんでもなく強いな。ドウジギリの力もあるだろうが、お主自身も、相当な鍛錬を積んだと見える」
「はい。というより、私には剣しか取り柄がありません。剣だけは来る日も来る日も振ってきましたけどね」
「はっはっはっ! そうであったか。それならば、都に戻って一手教授を願いたいものだ。お主から得られることは沢山ありそうだ。剣以外にもな」
「それはだいぶ私を買いかぶられておりますが、縁の国に仕えると決めた身です。いつでも手合わせしましょう」
竜次との、馬上同士の気分が良いやりとりに満足し、幸村は手傷の痛みを忘れて哄笑した。
(これは良い男を得た。詳しい事情はまだ知らぬが、縁の国に長くいてくれればありがたい)
上機嫌の幸村は、将来の展望をかすかに思い、馬の手綱を少しばかり引き締める。
剣道でこの歳まで身を鍛え続けてきた竜次は、運動神経がおっさんになっても衰えておらず、抜群に良い。そのため、浄土山の戦へ行く前に、難なく馬の扱いをものにしていた。連理の都まで帰還できた今、竜次はひらりと馬から降り、
「浄土山から幸村様と無事戻った。開門願いたい」
と、極めて落ち着いた口調で、門番に伝えている。すっかり彼は、異世界アカツキノタイラに慣れ、この世界の人になったようだ。門番はこの国の若君である幸村を確認すると、一つ安堵と感嘆の声を上げ、大門をゆっくりと全て開いていった。