第242話 気遣い
「ごめんなさい竜次さん。針仕事で手が離せなくて、お出迎えができませんでした」
謝る必要など無い。しかしながら、生真面目なあやめは玄関先まで行き、竜次の珍しい来訪に応えられなかったのが気にかかっているのだろう。竜次が座布団に座りこちらを向くなり、頭を下げて詫びた。
「いやいや、謝られても困るよあやめさん。突然来たのは俺の方なんだから。それで、今日来たのは幸村様から言付かっている用があってね」
あやめが丁重に頭を下げてくるのを手で制しながら、竜次は腰に結わえ付けている無限の青袋から、上質紙の金包みを取り出し、
「これは午前中、幸村様の部屋で秋景色を楽しんでいたときに預かった金だよ。宮殿中庭の紅葉が素晴らしかったなあ。まあそれはともかく、金貨5枚、2500カンの金が包まれてある。あやめさんに渡しておくよ」
竜次らしい嫌味のない明るさで、それとなく場の空気を和ませながら、あやめが座っている目の前の畳に金包みを置いた。あやめは2500カンというかなりの金額と、幸村が竜次にその用を頼んだことに驚いていたが、
「幸村様は、また大きなお心遣いを……。ありがとうございます、竜次さん。確かにお金を受け取りました」
竜次にまた頭を下げ、金包みを手に取ると、部屋の右端に備え付けてある文机の前まで行き、引き出しを開け、大金の紙包みを仕舞った。
普段は書き事などをするのであろうが、今、文机の上には、塩せんべいと下部に送り石が付いたポットが置かれている。ポットの中には番茶が入っており、その番茶は、送り石に蓄えられた超速子エネルギーにより、適度な熱さに飲みやすく調整されていた。
あやめは、塩せんべいを数枚小皿に盛り、番茶をポットから湯呑に注ぐと、それらを漆塗りの盆に乗せ、竜次が座っている前まで持ち運び、
「本当に何もないんですが、お茶とおせんべいです。お召し上がりください」
と、笑顔で勧めながら、畳の上へ静かにその盆を置いた。桜色の着物を着た、いつもと雰囲気が違うあやめの可愛らしさと相まって、彼女の笑顔はまるで、野辺の片隅で控えめに咲く撫子のような、花に例えて言うなればそんな慎ましい華やかさがある。
大金を無事あやめに渡し、竜次は幸村から言付かっていた用を済ませたことになる。幸村が2500カンという大金を、なぜ、あやめに送ったのか、
(俺には分かってきたな。理由を聞かない方がいいのかもしれねえ)
と、竜次は、おおよそ勘づいているようだ。それでも話しにくいことを、あやめはこれから話してくれるのだろうと予期した彼は、それとなく少し間を置くため縁側の方を向き、忍者屋敷の広い庭で楽しそうに駆け回っている子どもたちを、何となしに眺めている。




