第239話 変わった頼み
幸村が竜次を呼んだのには、共に自室から見える中庭の造形美を楽しみ、他愛の無い談笑をしたいという意図がもちろんある。親交を深めるため、信頼している配下と一時のふれあいを楽しむのも、若殿として重要な用件なのだが、その他に幸村は、向かい合って茶をすする竜次に、何やら頼みたい事があるようだ。
「竜次、お前をここへ呼んだのには、少しばかりわけがあるのだが……」
「わけがある? はははっ! 嫌だなあ、幸村様らしくない! 不穏当なことなら困りますが、スパッと言ってくれませんか? できるだけ話を聞きますよ」
竜次が笑って指摘する通り、幸村はいつになく持って回った言い方をしている。知勇兼備の若殿は、切り出し方が悪かったかと、頭をかきながら苦笑いを浮かべつつ、金物や作りに意匠を凝らした和箪笥から、上質紙で包まれた重みのある何かを取り出した。それを座布団に座る竜次の前に置くと、
「ふふふっ、すまんな。話の始め方が悪かったようだ。妙なことを頼むんだなと、お前が思うかもしれないと考えてな。この紙には金貨5枚、2500カンの金が包まれている。これを持ってあやめが住んでいる忍者屋敷へ行ってほしい。単刀直入に言うと、頼み事というのはそれだ」
先程の竜次の要求通り依頼事をスパッと言ってきた。上質紙の金包みをしばらく見ていた竜次は、
(確かに変わった頼みだな)
と、幸村が予想した通りの思いを持ち、顔を上げると、こちらを真っ直ぐ向いた若殿の様子を観察している。依頼自体は妙に思えるのだが、それを言葉にした幸村の表情には、少しも不審さを感じられない。いつもと変わらない若殿の誠実な顔を見て、竜次は心づもりを決め、
「分かりました、引き受けましょう」
細かいことはこちらから聞かず、依頼を受けることにした。
「ありがとう、竜次。詳しいことは私から言わないが、その金は全く不審なものではない。ただ、お前にあやめのことを知っておいてほしいのだ。金包みをあやめに渡せば、それがよく分かる。頼んだぞ」
幸村は、配下である竜次に丁重な礼を示し、2500カンという大金を託した。しかしながら彼は今、その大金の意味をはっきりとは言わない。あえて言わないのかどうかは分からぬが、何かしらの理由があるのだろう。
変わった頼みを引き受けた竜次であったが、その後、気の置けない談笑と、部屋の丸窓から見える中庭の秋景色を楽しみつつ、幸村と良い時間を過ごせている。
楓の情緒深い紅葉を眺めつつ、ざっくばらんに会話を楽しみながら、幸村の自室で昼餉まで馳走になった竜次は、昼を少し回ったところで朱色の大宮殿を後にし、今日の内に依頼を済ませるため、あやめが住む忍者屋敷へと向かった。




