第237話 名君は名君を知る
国鎮めの儀式は今回も成功し、アカツキノタイラを覆う瘴気混じりの空気が、また少し晴れやかなものに変わった。神事の間に据えられた祭壇上には、今、国鎮めの銀杯が4つ置かれている。3つ目の銀杯を用い、儀式を行った時、縁の国一帯の瘴気はほとんど晴れたわけだが、4つ目を用いた今回、世界の空気を浄化する銀杯の法力は、暁の国まで影響を及ぼしていた。
「おお! これは! ランスロット、気づいたか?」
「はい、少しですが漂う瘴気が薄くなりました。何やら息がしやすくなった気がします。咲夜様の祈りが通じたのでしょう」
シャーウッドで空気の変化を急に感じ取ったアーサー王とランスロットは、感動のあまり砦兼役所から外に飛び出し、秋の日の光が柔らかく差す下、深呼吸をしている。例えるなら、少量だが有毒なガスが混じったような不穏さを感じる空気の中で、暁の国の皆は暮らしていたわけだが、瘴気という人にとっての有毒ガスが少しでも薄くなったことで、その日を境に民たちの活気が幾分上がり、皆の生活に張りが出てきた。
それだけ人間の生活において、吸い続ける空気は大事ということだ。少し晴れやかになった辺りの空気を吸い、明るい顔で商売や、シャーウッドの基幹産業である木工などに打ち込む民たちの様子を見て、アーサー王と将軍ランスロットも非常に満足な笑みを浮かべている。
「咲夜姫に感謝せねばな。あの方は、まるで女神のようなことをなさる。不思議なお方だ」
アーサー王の傍らにいるランスロットも、同様なことを考えていたようで、王のつぶやきに対し、深く同意のうなずきを返した。好転し始めた国状に意気を得た2人の指導者は、咲夜を始めとする縁の国5人の将が、暁の国復興に力を貸すため再び来てくれるのを心待ちにし、砦兼役所に戻って行った。
王と将軍は、山積する政治問題を執務により片付けなければならない。地味に思えるが、咲夜たちが戻ってくるまで、2人の指導者がやるべき最優先の仕事はそれになる。
暁の国第2の都市シャーウッドから縁の国に帰る時、咲夜はアーサー王に国へ帰還する断りを伝えたが、その話の中で、王はこのような見解を示している。
オーガたちの戦力は落ちており、エディンバラを支配する虎熊童子に、次の合戦を起こす余裕は現状無い。
ソールズベリーの合戦におけるシャーウッド軍の勝利を鑑みた見解だが、縁の国の頭領、平昌幸も、朱色の大宮殿で咲夜たちから報告を聞き、
「アーサー王の見立ては正しかろう。暁の国はしばらく小康状態が保たれるはずだ」
国鎮めの儀式を執り行わせるため咲夜たちを連理の都へ帰らせた、アーサー王の総合的な判断をそう評価した。名君は名君を知るといったところだろう。
そうした経緯で、咲夜たち5人は主君から受けた主命に、まず一区切りをつけることができた。彼女ら彼らの仕事ぶりに大満足した頭領昌幸は、4回目の国鎮めの儀式後、咲夜、竜次、あやめ、仙、晴明に、ねぎらいの意味で数日間の休暇を与えている。
それぞれが長旅の緊張を解き、短いながらようやく休息を取れるわけだ。小川がサラサラと近くを流れる平屋の自宅に帰った竜次は、旅の荷を片付け普段着に着替えると、余程気疲れしていたのか、早速畳の上で大の字になり、ぐっすりと眠り始めた。




