第227話 遺留物
早朝からステップ地帯の平原に降り続いていた激しい雨は、合戦が終わると共に小止みになりつつある。もう少し時間が経てば厚い雨雲が風で流れて行き、完全に止むだろう。アーサー王率いるシャーウッド軍にとって、この雨はタイミングといい強さといい、暁の国を救う天からの恵みと考える他なく、アカツキノタイラで信仰される神々が人々の窮状を見て、鬼との戦いに臨む聖王に、実のところ味方したのかもしれない。合戦に勝利した精兵たちの多くはそう思い、中には神々に向けて、天に感謝の祈りを捧げている者もいる。
「終わってみれば、兵の損害も少なく勝ちを拾えましたが、手を間違えれば危険でしたね。……あれ? あの革袋は何でしょう? 大宝珠の傍に落ちていますが?」
咲夜を始めとする縁の国の将たち5人は、お互いの無事を確認し、負傷兵の手当や倒したオーガたちが残した宝珠の回収など戦後処理を行うため、晴明が熊童子を倒した現場に一旦集まっている。咲夜が合戦の勝利を振り返り、熊童子の亡骸が変化して出現した赤の大宝珠の方へ何となく目を向けると、革製の巾着袋が一つ落ちていた。恐らく熊童子が残した遺留物だろう。
あやめが革袋に近づき慎重に見分したところ、邪悪な妖気や瘴気はその袋から感じられなかった。危険性が無いと判断したあやめは、革の巾着袋を開け、中身を検めると、そこには小さな手鏡が入っていた。黒鏡面を持つ特殊な手鏡で、大きさを除けば咲夜が持っている紡ぎ世の黒鏡と、見た目がよく似ている。
「咲夜様、この黒鏡は……?」
「ええ、私が調べてみます」
咲夜はあやめから黒鏡面の小さな手鏡を受け取ると、腰に結わえ付けている無限の朱袋から紡ぎ世の黒鏡を取り出し、熊童子が残した手鏡と見比べてみた。すると、2つの黒鏡は至近距離にあるためか、周波数が合った音叉のような共鳴音を発している。
「この手鏡は恐らく、紡ぎ世の黒鏡と同類の性質を持つ法具なのでしょう。私が法力を高めて使えば、紡ぎ世の黒鏡で歪を開き、日本へ向かったときのように、光の門が現れるはずです。ですが、その光の門が、どこに通じているかまでは分かりません。同類の法具とはいえ、この手鏡が作るであろう異空間への歪は、紡ぎ世の黒鏡が作り出すそれとは、幾らか性質が異なる予感がします。異世界の日本へ繋がるとは限りません」
おおよその鑑定ができた黒鏡面の手鏡を、使うこと自体に問題は無いと咲夜は判断した。しかし、法具として使用した結果、出現すると推測される光の門の安全性までは分かりそうにない。
咲夜は、縁の国の将をまとめるリーダーではあるが、危険性が残っている法具をこの場で使う決断を、一人の判断では下せない。竜次、あやめ、仙、晴明の4人は、咲夜の周りに集まり、黒鏡面の手鏡をここで使うか否か、最善策を選ぶための相談を始めた。




