第222話 ソールズベリーの合戦・その3
暁の国の領土において、ソールズベリーのステップ地帯は常時乾燥しており、広大な平原に残っている水分を効率良く使う形で、その地には、まばらに低草が生えている。
合戦の2日目を迎え、今朝も秋の高い空に太陽が昇ってくるかと、アーサー王率いるシャーウッド軍の誰しもが考えていたが、ステップ地帯では思いがけない雨空であり、宿営地のテントから外に出た各将兵の頬を、とめどなく空から落ちる雨粒が濡らし続けていた。
「ここで雨が降るとはな。この雨空で戦がどう転ぶか、見極めつつの戦いになる」
予期しない天候にも動じず、アーサー王は将軍ランスロットと共に、厚い雨雲で覆われたソールズベリー平原の空を見上げている。激しくなりつつある雨が体を伝い、流れていくのにも構わず、国の命運を賭けた合戦に臨む王と将軍はその場に力強く立ち、悪天候が戦に及ぼす影響を天に目を向け推し量った。
ソールズベリー平原で、合戦の2日目が始まろうとしているその頃。
(トンテンカン! トンテンカン!)
武器工房の仮眠室でおカミさんから毛布を借り、待ち疲れからかぐっすり眠っていた竜次とあやめ、それに晴明は、2振りの名刀を同時に鍛造する、大将の凄まじい集中力による鎚の音を聞き、ハッと目を覚ました。ろくに眠らず休憩も取らず、一世一代の大仕事に身を賭す工房の大将の姿は、あるいは鍛冶の神が体に降りてきたのかと信じてしまうほど、魂に映る美しさがあった。
「…………」
鎚の一振り一振りが正確無比な神がかった鍛造作業は、大将の命を削って得た天啓にも見えるが、ここまで来たら、幾多の剣を鍛えてきたシャーウッド随一の武器職人のゴツい手に、全てを任せるしかない。ここにいる者たちの中で、誰よりも大将のことを心配しているのは、長年連れ添ってきたおカミさんしかいないが、彼女も無言で気丈に立ち、何かがあったときのため、今は傍で見守るより他はない。
(トンテンカン! トンテンカン!)
憶測などではなく、鍛冶の神が与えた本物の天啓だったのだろう。鍛造の総仕上げに入った武器工房の大将は、鎚の一振り一振りをますます研ぎ澄まさせ、寸分の狂いもなくドウジギリとコギツネマルの白く輝く刀身に当てていく! およそ人間業とは思えないラストスパートの鍛造を終えた後、
「出来たぜ……」
一言だけつぶやき、大将は現実感の無い茫洋とした顔で、鍛え上げた2振りの名刀を眺めている。
自分の業を全て成し遂げ、緊張の糸が切れた大将は、その場で意志に沿わず体勢を崩す。片膝を突く形でかろうじて体を支えると、大将は多少バツの悪そうな顔を竜次、あやめ、晴明に向け、ニカッと笑った。




