第216話 思いがけない名
仕事に集中し始めた武器工房の大将はポツリポツリとだが、2振りの刀の打ち直しにどのくらい時間がかかるかを話してくれた。大雑把に言えば、暁白鉱石を精錬して暁白鋼を作り出すのに1日、暁白鋼と刀の刃をベースにして打ち直しを行うのに1日、計2日必要になる。
「鍛冶を一瞬で終わらせる法術なんか、ねえからな。大急ぎで2日仕事だ。その間当然だが、お前さんたちは丸腰で待つようになるぜ」
「ええ、分かってます。大将の腕で刀を良いように仕上げてやってください。お願いします」
ドウジギリとコギツネマルを預けるのだから、徒手空拳の状態になるのは百も承知である。竜次とあやめは大将を信頼し、自分たちの半身である2振りの名刀の改良を全て任せると、煤が内壁にこびりつき、年季が入った趣きがある武器工房の作業場を、グルっと見回した。無骨な鍛造道具が並べられた部屋を一通り見終えたあやめは、工房から立ち去ろうとしたが、なぜか竜次は、煤けた天井のある一点を見つめたまま、笑っている。
「ふふっ、なんだい? 上に何か面白いことがあるのかい?」
大将にしてもおカミさんにしても、竜次のように真っ直ぐな人間性を持ったタイプの客には、長年の鍛冶生活の中でもほとんど出会ったことがない。笑顔に純真な心が現れている竜次を見て、おカミさんも釣られて笑いながら、なぜそんなに嬉しそうなのか尋ねている。
「この工房が似ているんです。俺専用の甲種甲冑装備を作ってくれた、腕のいい職人がいるんですが、その人が作業をしていた工房もこういう感じでした。善兵衛という甲冑職人です」
善兵衛の名を聞いた武器工房の大将は、驚愕した顔で振り返ると竜次の方へ詰め寄り、
「竜次! お前、善兵衛を知ってるのか! あいつは今、どこにいる!?」
と、多少興奮気味に、工房の外まで漏れる大きな声で聞いてきた。
「縁の国にいます。連理の都で自分の工房を、師匠の三吉親方から任されてますよ。一人前の甲冑職人になっています」
「そうか~! よかった! いっぱしの甲冑職人になってやがったか!」
竜次から、甲冑職人善兵衛の近況を聞けた大将はとても嬉しそうで、傍で話を聞いていたおカミさんとも顔を見合わせ喜んでいる。
5年ほど前、武器工房の大将は、技術研鑽のため縁の国を旅していた。同じく、職人としての修業のため、旅をしていた若い善兵衛とある村で出会い、2人は意気投合したらしい。大将は、若年ながら職人としての筋が非常に良い善兵衛の才にすぐ気づき、
(これは大きな見込みがある)
この出会いを無駄にしてはいけないと考え、村の工房を借りて、自分が持っている鍛造技術を若い頃の善兵衛に叩き込んだ。つまり、善兵衛にとって大将は、2人目の師匠とも言えるわけで、大将から見れば善兵衛は、優秀な弟子に当たる。




