第21話 私も参ります
「竜次、お主を歓待した宴でも言っておらぬが、私と桔梗には幸村という長男がおる。咲夜の兄だ」
「幸村様、とおっしゃるのですか。この国の大事な若君ですね」
その通りである。縁の国では、昌幸に次ぐ重要人物にあたる。その大事な長男が、なぜここにいないのか、竜次は少し訝しんだが、ここまでの話の経緯と、昌幸の影を帯びた表情から、大方は悟れた。
「うむ、そうだ。そうなのだが、今現在、賊の討伐のため、宵の国との国境にある浄土山で戦っておる。我が子を褒めるのもなんだが、幸村は武と知に長けた自慢の息子だ。それが賊討伐ほどのことで、これだけ手間取っておるとはどうもおかしい」
「若君の力を考えるとそうですな……お館様、もしやオーガが……」
守綱の冷静な進言に、昌幸はうなずいた。最悪も含めた様々な可能性を考え、国の統治者として状況を想像していたが、古参の配下である守綱と考えが一致し、それは確信に変わった。ここからは迅速果断である。
「間違いなかろう。守綱、竜次、精兵を200つける。浄土山へ援軍に向かってくれ」
「はっ! かしこまりました!」
「はっ! 承りました!」
昌幸は竜次と守綱、2人の肩に手を置き、「頼んだぞ」と、全幅の信頼を寄せた言葉をかけた。彼らの意気は最高に上がっている。それを見た昌幸は、小評定を終え、彼らに昼膳を振る舞おうとしたが、咲夜が父である自分の顔へ、訴えるように三日月目でじっと見つめている。
「父上、私も兄上を助けに参ります」
「咲夜……いや、いかん。お前はここで待つのだ。守綱と竜次がきっと助けてくれる」
それはそうだろう。長男の他に長女である愛娘まで、同じ危地に向かわせるなどできようはずがない。竜次は、咲夜の父としての昌幸の心情をすぐ悟り、自分からも諌めようとしたが、
「いえ、行きます! 私はこの国で法力に長けている随一の者です。竜次さんと守綱の助けにきっとなります。行かせてください!」
唯一の兄を想う妹の心は、切迫したものであった。決めたらてこでも動かない、父である自分譲りの性質を持った咲夜に、昌幸は困り果てている。しかし、美しく決意に燃えている愛娘の眼差しは、一向に変わらない。
「仕方あるまい……援軍への同行を許そう」
「本当ですか!? ありがとうございます! 父上!」
「だが条件がある。咲夜、お前は守綱と竜次の後方支援だけを行え。絶対に2人より前に出るな。分かったな」
「はい! 必ず言いつけを守ります!」
戦に向かう恐怖心を、兄幸村をなんとしても救うという決意が押し流している。
(何があっても、咲夜姫を守らねば)
竜次は、戦場に向かう前の、凛とした銀髪姫の微笑みを見て、そう肚をくくった。