第201話 仁君
虎熊童子、熊童子率いるオーガ軍に、首都エディンバラを取り囲まれたアーサー王と将軍ランスロットは、城内に残る手勢を率いて決死の覚悟で夜襲に応戦しようとした。勝ち目のない無謀と言える覚悟だったが、命を無駄に落とそうとしているアーサー王たちの考えを諌め、彼らの命を繋げさせた者がいた。それはエディンバラの町衆を束ねる長老である。
「アーサー王、ランスロット将軍、あなた方が命を失えばこの国は終わりです。私に策があります。王と将軍は残る精兵を出来るだけ連れ、シャーウッドへ逃れて下さい」
「策!? このような状況で策などあるのか!? 長老!?」
死を覚悟した戦いに挑む気でいたアーサー王は、ほとんど冷静さを失っており、諫める長老に強い言葉で問い質した。王の焦りとは対照的に、長老は落ち着いた目で順を追って答える。
「ございます。アーサー王とランスロット将軍が手勢と共に逃れた後、我々はオーガ軍の首領に降伏を宣言します。タダで降伏するわけではありません。エディンバラと市民たちをどうするか、交渉のための降伏です」
オーガ軍の首領格である虎熊童子と熊童子は知性があり、人語を解することが分かっている。つまり長老が言う策とは、一時的にエディンバラの支配権をオーガたちへ渡す代わりに、エディンバラ市民全員の命と安全の保障を、虎熊童子と熊童子に確約させることを指す。
「私はその場で悩み抜きました。しかし、どう考えても長老の策しかなかった。私とランスロット、及び300の精兵たちは、長老にあとを託し、夜闇の中、オーガ軍の囲みが手薄な城の裏手からエディンバラを脱出し、シャーウッドへ逃れてきました。これが10ヶ月前のことです」
「そのような大事態があったのですか。それで、長老の降伏策は上手くいったのですかな? 何か情報は入っていませんか?」
ここまでの経緯を聞き、暁の国の現状を正確につかめた晴明は、アーサー王に一段踏み込み、エディンバラの民たちが今、無事であるかどうかを尋ねてきた。アーサー王は、やや暗く表情を曇らせたが、
「長老の交渉術により、エディンバラの民たちは無事だと……わずかながら情報が入ってきています。ですが、虎熊童子と熊童子の苛烈な支配に、民たちは苦しんでいるとも聞いています。我々は一刻も早くエディンバラの民たちを救いたい、常にそう想っています」
と、強い意志で顔の曇りを晴らし、力強い口調で晴明に答えた。惹きつけられる統治者の口調に皆が向き直ると、そこには片時も民のことを忘れない、決意に満ちた仁君の姿があった。