第19話 縁の国の由来
「うむ。よくやった、咲夜。しっかり休め」
「はい……ですが、やはり1つだけでは……」
父である昌幸に労われた、疲労困憊の咲夜が何を気にしているのか、最初、竜次は計りかねたが、アカツキノタイラへ来る前、銀杯を持ち帰っただけでは世界が収まらない、と、少し沈んだ表情で話していたのを、今の疲れた咲夜の顔に重ねて思い出した。
(そういうことか、銀杯は7つあると言っていたな)
合点がいったあまり、思わず竜次はポンと膝を打ちそうであったが、厳粛な神事の手前、危うくそれを思いとどまる。
「いや、よいのだ。国鎮めの儀式自体は成功した。そして、7つの銀杯が揃わぬと、アカツキノタイラは鎮まらぬこともよく分かった。上々だ。これでよい」
咲夜の気がかりを拭い去るように、昌幸は答えた。娘の懸命な努力に対し、非常に満足した顔を見せている。
これで神事は終わったのだが、ほのかに縁の国とアカツキノタイラを覆う空気が、穏やかなものへ入れ替わっていく感がある。しかし、それは極々わずかな変化であり、それだけでこの異世界が収まるとは到底思えず、実際そうならないだろう。平昌幸と咲夜の親子は、それを気にしているのだ。
降り続いていた小雨はいつの間にか止み、灰色の雲の切れ間から陽が差してきていた。今はまだ午前中だが、もう少し時がたてば昼になる。
「竜次、この地図を見てみよ。3つの大きな国があるのに気づいたか?」
「はい。一番東に『暁の国』、真ん中に『縁の国』、そして一番西に『宵の国』、と描いてあります」
異世界アカツキノタイラの広大な地図を、理解している竜次の返答に、昌幸は何か手応えを感じたのか、深くうなずいた。
国鎮めの儀式を終えた後、ほとんどの者はそれぞれの職務に戻っていったが、咲夜と、その側近である守綱と竜次は、昌幸の主命で評定の間に移動している。板敷きに座布団だけが敷かれた殺風景な間だが、他の宮殿の間とは全く異なる、実戦的で実用的な内装をひと目見て、竜次は大いに気に入り、自らの気も引き締まっていた。
「その通りだ。我が国、縁の国は、暁の国と宵の国のちょうど間にある。間で、その2国の仲立ちを我らが行い、長く均衡と平和を保ってきたのだ。縁の国という国名は、縁を取り持つという意味で、そこから来ておる」
竜次は、ある程度の社会経験を積んだおっさんであり、大抵のことには動じない。しかしながら、大昔の日本に似ているようで全く異なる、アカツキノタイラの国の成り立ちを聞き、感嘆のあまり唸ってしまった。嘘のようによく出来た話で、詳しい説明をいくら聞いても、興味が尽きそうにない。