第189話 茶屋の名物
日陰の村では早朝から秋雨が降り続いていたが、今、竜次たち一行がいる八日市の宿場町では、薄い雨雲が広がっているものの、雨が小止みになってきている。曇天の空を見上げると、薄い雨雲が東から西に風で流れて行き、遥か東方の空を眺めると、明るい陽光が薄っすらと現れ始めていた。人の往来が盛んなこの宿場町の空も、もう少し時が経てば晴れてくるだろう。
「人の行き交いは賑やかですが、やはり父上が言っていた通り、暁の国方向から来る旅人は少ないようですね」
「そうみたいだね。何だろう……ここからもう少し東に行けば暁の国に入るんだろうけど、国鎮めの儀式で晴らした瘴気が、東の方からは漂ってくるね。嫌な感じだよ」
仙は大霊獣の鋭敏な感覚で、暁の国を覆っている瘴気を既に嗅ぎ取っていた。仙と話していた咲夜も、その、空気に異物が混じったような違和感に十分気づいており、竜次、あやめ、晴明を見回してゆっくりうなずき、一行の中で感覚の共有を図っている。以心伝心かテレパシーのようにも思えるかもしれないが、竜次、あやめ、晴明も、咲夜と同じことを考えていたからか、東から漂う『嫌な感覚』は3人にも伝わったようだ。
いずれにしろ竜次たち一行は旅を進め、瘴気漂う暁の国に入らなければならない。しかしながら、八日市の栄えた街道と、その両脇に立ち並ぶ多くの店に、皆、興味を惹かれてもいる。
「東に進んで暁の国に入るには、まだ情報が十分足りませんね。ちょうどあちらに茶屋があります。茶屋で休息を取っている旅人に、話を聞いてみましょう」
茶屋の串団子が食べたくなったわけではないだろうが、あやめが指で示し、そう提案した。あやめが指し示した方向を見ると、暁の国から歩いて来たと思われる旅人が一人、茶屋に座って店主に注文をし、ホッとした様子で一息ついている。暁の国から来る旅人は少なく、これは、話しかけて情報を集める貴重な機会である。
この宿場町に昔から建っているのであろう、黒く塗られた古めかしい大黒柱が特徴的な茶屋に、竜次たち一行は入店すると、
「おじさん! みたらし団子を5本頼むよ!」
竜次が奥にいる店主によく通る声で、この茶屋名物のみたらし団子を早速注文した。やや恰幅のいい中年の店主は、
「あいよ! ちょっと待ってな!」
そう言ったかと思うと、年季の入った慣れた手つきで5本の大きな団子を炭で炙り、秘伝の甘いタレを満遍なくつけ、竜次たち一行のところまで、程良く熱いほうじ茶と一緒に持ってきた。
店の名物だけあって見栄えも良く、美味そうな団子だ。しかし今は、団子より情報が先決である。先に大きなみたらし団子を楽しんでいる、暁の国から来た旅人の隣に竜次は座ると、何気なく自然な距離感で会釈をし、赤髪の旅人と話し始めた。