第188話 未知の世界
賑やかな宴を皆で楽しんだ翌日の朝。田畑の田舎景色が広がる日陰の村には、少しばかり強い秋雨が降っていた。雨に伴う霞がかった田畑の風景も、これから暁の国へ旅立つ竜次たちの心を和ませるものだが、旅の始めとしては、あいにくの天気である。
「足元が多少ぬかるんで幾らか面白くないな。まあ旅の天気というのは、いつも晴れているとも限らんわけだ」
「進もうとしている時に、雨で道が悪くなるのはよくあることですね。それでは、行きましょうか」
雨合羽姿のあやめは晴明にそう返すと一行の先頭に立ち、日陰の村の馬屋へ向かい、まず旅路を速く進むための馬を借りに行こうとした。竜次、咲夜、仙も、あやめと同じ出で立ちであり、先に進もうとしているあやめの後を追って少し歩いたが、晴明は和傘を差したまま、白壁の庵の前から全く動こうとせず、秋雨に霞む村の景色を一人佇んで眺めている。
「晴明さん? どうなさいました? 旅に同行してくれるのではなかったのですか?」
「ああ、一緒に行くよ。ただ、言い忘れていたことがあってね。ちょっと皆、戻ってきてほしい」
言い忘れとは何か? 呼びかけた咲夜を始め、皆は怪訝な顔で晴明の周りに戻ってきた。気がかりなことをこの陰陽師は言ってくるのではないかと、皆は一様に心を整え待ち構えている。だが、晴明は意外にも、
「ここから暁の国は遠いが、私は日陰の村から更に東にある、縁の国領内の八日市の宿場町まで……いつだったか忘れたが行った記憶が残っている。更に言えば、私は縮地が使える」
と、スムーズに旅を進展させるために、自分がとても有益な記憶と能力を持っていることを皆に伝えた。それを聞いた竜次たちは、皆、目を見開いて驚いている。
「えっ!? ということは……なんだ晴明さ~ん! それなら早く言ってくださいよ」
「すまんすまん。昨夜は酒が入っていたのでな。言うのを忘れていたのだ。私の縮地で八日市の宿場町まで、すぐに行けるぞ。そこからの移動はまた考えよう」
晴明の言葉が何を意味しているのかに気づいた竜次は、馬が合う陰陽師を笑いながらふざけて詰っている。思いがけず、暁の国までの道程が短縮出来たわけだ。端正な容姿に似合わず、多少抜けたところがある晴明の周りに、竜次、咲夜、あやめ、仙の4人は集まると、唱えられた縮地の法術によって出現した青い球体に包まれ、日陰の村から瞬間移動し、その場から姿を消した。
東西に伸びる広い街道が、八日市の宿場町にはつけられており、街道の両脇には宿場町だけあり、多くの旅籠が軒を連ねている。
「へぇ~、こんな形の町もあるのか。アカツキノタイラってのは奥が深い世界だぜ」
想像していたよりスケールの大きな街道と宿場町の形態を眺め、日本から来た異世界人である竜次は、何やら胸が踊る思いのようだ。竜次にとってアカツキノタイラという未知の世界は、国鎮めの銀杯を探し求める旅と共に、まだまだ限りなく広がっていく。




