第187話 約束の盃
行ったり来たりで忙しい日である。しかしながら瞬間移動とは便利なもので、竜次たちは朱色の大宮殿で主命達成の報告を済ませた後、仙が唱えた縮地の法術により、すぐに日陰の村に帰って来れている。再び田畑を通る田舎道を使い、晴明の庵に一行は歩いて戻ったのだが、昼下がりにはなっているものの、庵の中には、まだ秋の陽光が明るく差し込んでいる。
「晴明の気まぐれのお陰で、あれこれ順調にことが進んだね。さて、まだお日様が残ってるけど、今日はどうしようかね?」
「予定が順調に進んだのなら、時間が出来たということだろう。全く焦る必要はない。せっかくここに来たのだから一晩、私の庵で休んで、明日から旅を始めればよい。しばらく庵を離れるしな。冷やし箱に入っている食材を空にしておかなければならん。今晩は皆でご馳走を作って食べよう」
意外に生活感がある陰陽師晴明の言葉に、仙は妙なものを見る目で驚いていた。
(竜次と会って、人の感覚が戻ってきたのかもしれないね)
少しの間、仙は切れ長の目で晴明と竜次を交互に見ていたが、自分の中で何やら合点がいったのか、可憐な微笑みを浮かべている。微笑みながら2人の男を眺めた後、仙は晴明の提案に黙って従い、台所の冷やし箱から肉、魚、野菜などの食材を取り出し、包丁を持って調理に取り掛かった。それを皮切りに皆もテキパキと動き出し、今晩のご馳走作りが始まった。
白壁の庵に置いてある冷やし箱の容量は大きく、入っていた食材を使い切るのは、なかなか大変であった。晴明の話によると、日陰の村自体が大田舎なので、特産品である日陰菜の取引があるとはいえ、行商人が来る回数が少なく、食材をまとめて買うようになるから、保存もこうなるのだそうだ。兎にも角にも調理が全て済み、居間の囲炉裏端中心に豪華な料理が並べられ、これからの旅の壮行会も兼ねた今晩の宴が開かれた。
「晴明さん、約束を果たせましたよ。またこうやって、酒を酌み交わせました。これからはいつでも一緒に呑めますよ」
「はっはっはっ! そうだな、いつでもだな。よく無事に戻ってきてくれた、竜次殿」
宴には酒もたっぷりと用意され、竜次と晴明は、約束の盃を酌み交わしている。どちらも見ていて気持ちのいい呑みっぷりであり、馬が合う彼らが返盃で見せる男の友情は、咲夜、あやめ、仙から見て、
(ああいう感覚はないな。分かり合えるのって、羨ましいわ)
楽しく美しいものであったが、女の視点からは、若干分からない部分があるのにも、そう気づき、盃を交わすだけで自然と心が通じる竜次と晴明の関係に、咲夜と仙は特に、軽い嫉妬のようなものを覚えていた。