第181話 もてなし
十分に朝寝を取り、すっきり目が覚めている晴明は、お気に入りの竜次に再会できたこともあり、上機嫌だ。諸葛亮孔明を迎える時に三顧の礼を執った、三国志の劉備玄徳ではないが、晴明を起こさず待っていようという竜次たちの判断は間違っていなかったようだ。変わり者の陰陽師は竜次の肩に手を置いたまま、いつになくニコニコとした笑顔を見せている。
「わっ!? びっくりした……。おはようございます、晴明さん」
「ふふふ、おはよう。竜次殿も休んでいたようだな、起こして悪かった」
あまりにも思いがけず意表を突かれた竜次は、半分寝ぼけた顔で晴明をポカンと見ていた。起きたものの、心が半分出かけて行ってる表情だが、その竜次の顔を、晴明はしばらく眺めた後、何やら得心した様子でうなずいている。
「まるで瘧が落ちたような良い顔をしておる。何か大きなことを成し遂げ、吹っ切れたのではないか?」
この言葉からすると晴明は、竜次たちが何を成し遂げたか既に見通しているのかも知れない。しかし、陰陽師としての彼は言い当てたいのではなくて、竜次から直接、成し遂げたことを聞きたいのだろう。寝ぼけ顔から我に返った竜次は、その晴明の期待に気づき、
「はい、やることをやって来ましたよ。仁王島で星熊童子を倒し、3つ目の国鎮めの銀杯を手に入れました。討伐軍の犠牲は、将0名、兵8名です」
と、鬼の巣となっていた島の地下空間での激戦から、無事戦果を上げて帰ってきたことを伝えた。晴明は、端正な笑顔を湛えたまま、長年の知古の成長を喜ぶように、よくうなずきながら竜次の言葉を聞いている。
早朝から畑仕事をした疲れを取るため、晴明は朝寝をしていたわけだが、その時の彼は、確か通気性の良い薄手の寝巻きを着ていた。来客の前で寝巻きのままではいかんだろう、ということもあり、涼やかな美青年の陰陽師は、いつの間にか深緑色の着流しに着替えていたようだ。
「遠方からよくいらっしゃった。とは言っても、仙の縮地を使ったのだろうがな。ともかく、よく来てくれた」
竜次たち4人の来訪をねぎらうため、晴明は土間の台所に下りると、漆塗りの盆に、人数分の茶菓を用意し、居間まで持ってきてくれた。陰陽師は静かに腰を下ろすと、相変わらず無駄のない所作で、竜次、咲夜、あやめ、仙に、温かいほうじ茶と、薄皮の小さなこしあん饅頭を配っている。
晴明は、竜次たちが何用でここに来たのかよく分かっている。茶菓を振る舞うことで、話の機先をはぐらかそうとしているわけではない。打ち解けた友たちの心と体を、まず落ち着かせるもてなしをすること。陰陽師晴明が、この隠宅で友人たちに対し、第一としている心情がそれである。