第180話 秋の囲炉裏
「よく休んでおられますね。今は、無理に起こさない方がよいのでは」
いつも通り冷静な様子で、あやめは晴明の寝顔を見ながら咲夜にそう提案した。確かに、これだけ深く眠っている晴明を起こすのは無礼にあたるだろう。機嫌を損ねて占いによる情報をくれなくなるかもしれない。咲夜もそう考え、晴明が休息後、自然に起きるまで皆としばらく待つことにした。
ただ、このまま晴明の寝顔を眺め続けて立って待つのか、という話にもなってくる。しかし、その辺りの心配を、咲夜たち一行はしなくてよい。
変わり者の陰陽師晴明は、竜次を昔からの知古のように気に入っていることもあり、咲夜たち一行とよく打ち解けている。様々な気のおけない話を竜次や咲夜たちとしてきた中で、
「あなた方がこの庵をまた訪れた時、もし、私が不在や他の所用中であれば、庵に上がって待っていてよい。玄関はいつも開け放っている」
晴明の信頼を十分得た結果、白壁の庵へ勝手に出入りする許可までくれた。それを思い出した咲夜たち一行は、庵の玄関に回って戸を調べてみると、晴明が話していた通り鍵が掛かっていない。多少不用心にも思ったが、日陰の村は大田舎でもあり、ここは晴明が住む庵でもある。強盗などが侵入することはまず無かろうし、そうした輩が入ってきたとしても、晴明が無事には帰すまい。
咲夜たち4人が静かに晴明の庵に入ってみると、広い建物の中は相変わらずよく片付けられている。晴明の几帳面さが庵の清潔感に現れていると言えよう。竜次は少しばかり雑多に物が増えてきた自分の家と比べて、整然としている白壁の庵の部屋を見て、身につまされるように感心しながら居間の囲炉裏周りに上がり、座布団を敷いて腰を下ろした。咲夜、あやめ、仙も、竜次と同様に、火の気がない囲炉裏を囲んで座っている。
居間は十二分に広く、窓から時折流れ込んでくる秋風は、囲炉裏周りに座る咲夜たち一行の間を、心地よい速さで通っていく。竜次は、秋の薫風の入り口になっている窓辺に歩み寄り、日陰山の陰がまだかかっている収穫後の田畑の風景を眺めて待つうちに、
(朝が早かったし、眠くなってきたな)
あくびを噛み殺しながらそうした思いが生じてきた。眠気を我慢できずに囲炉裏周りの座布団に戻ると、彼はすぐにうたた寝を始めている。景色と空気は良いが、娯楽が何もない大田舎である。晴明の起床を待つ間、退屈になるのはしょうがない。
竜次がうつらうつらとし始め、どれくらい時間が経っただろうか。村を覆っていた日陰山の陰はすっかり短くなり、日も高くなっている。竜次ばかりでなく、咲夜、あやめ、仙も、心地よい秋風が流れる田舎の空気に、ほとんどまどろんでいたが、
「やあ、来ていたか。待たせてしまったな」
突然聞こえてきた少しばかり高いよく通る男の声に、3人の女性陣はびっくりして目を覚ました。何よりびっくりしているのは、座ったまま熟睡に落ちかけていた肩をポンと叩かれ、耳元で晴明の声を聞いた竜次である。