第18話 国鎮めの儀式
アカツキノタイラでの住居となる平屋に帰った竜次は、しんと静まり返る寝室兼居間の畳に座り、この2日間のことを振り返っていた。部屋には超速子を利用した明かりもあるのだが、あえてそれを使わず、部屋の窓から差し込む月明かりを眺めている。
(いい出会いがあった。守綱さんはいい人だ。咲夜もいい子だ)
異世界に来てよかったという結論を出すには、まだ早すぎるが、素晴らしい出会いがあったのは間違いない。縁の国において、人運に恵まれた我が身を、竜次は幸せに感じている。ただ、「いい子」と咲夜に対する感情を表しているように、竜次は彼女を女として、まだ見ていないようだ。
「今日はこんなところだな。ふぁ~! もうクタクタだな、寝よう寝よう」
布団の厚さは初夏の夜涼に合わせてある。竜次はその心配りに感謝し、満月に見守られながら、ぐっすりと眠った。
翌日は天気がいくらか悪く、雨雲が空に広がり、朝から小雨が降っていた。昨日、武具屋に行く前に受けた申し合わせ通り、竜次は傘を差し、再び朱色の大宮殿に向かっている。内容までは詳しく聞いていないが、何やら重要な催し事があるので出席するように、ということであった。それは平昌幸から受けた、初めての主命でもある。
「都大路をまっすぐだったから迷いようがなかったな。雨の宮殿というのも乙なもんだ」
陽に朱が映える宮殿の荘厳さは見事であったが、小雨により、薄く霞がかった威容も、神秘性が周囲に漂っており、見応えがある。少しの間、その光景を遠目に眺めていたが、傘をきちんと持ち直すと、竜次は宮殿の広い玄関まで足を進めた。
侍従の案内で通されたのは、20畳程の広さがある神事の間である。上座に、無垢の木で作られた3段の立派な祭壇が設えてあり、その最上段には、彩色がシンプルでありながら複雑な文様で描かれた、曼荼羅が掛けられている。形が複雑でありながら規則性があるその文様は、さながら理路整然とした数式にも見える。
「皆揃ったようだな。ではこれより、国鎮めの儀式を執り行う」
頃合いを見て、祭壇の前に敷かれた座布団に座っている昌幸が、静かなよく通る声で皆に示すと、朱と白の巫女装束を着た咲夜が、祭壇の前まで静々と歩き、『国鎮めの銀杯』を置くと、一心不乱に真言のようなものを唱え始めた。『紡ぎ世の黒鏡』で、アカツキノタイラに続く光の門を開いた時とよく似ている。
咲夜の神がかった真言の祈りが続く中、国鎮めの銀杯に変化が現れた! 曼荼羅に向かって一直線に銀杯から赤い光が伸び、その一部を色づけるように照らしている! それを確認した咲夜は祈りをやめ、法力を消耗した体を休ませるため、しばらくの間、深呼吸を行い、荒くあがった息を落ち着かせた。