第179話 村の風土
仙が縮地を唱えて発生させた青い球体にスッポリ包まれると、竜次たち4人は次の瞬間、日陰の村の鄙びた田舎道に移動していた。辺りを見回すと田の稲は刈り取られ、この村特産の葉物野菜である日陰菜の収穫もすっかり済んでいる。
広がりを見せる田には堆肥にするための準備として、藁が満遍なく敷かれており、収穫済みの畑には日陰菜の苗が新たに植えられていた。晴明が幾度かの小さな宴の席で話していたが、秋に植える日陰菜は、寒中に収穫できる冬野菜として珍重されるらしく、気温が低い時期にゆっくりと育つため、暖かい季節に食べられる菜より、甘みなどの味がグッと凝縮されるのだという。
「稲や野菜がない田や畑は何とない物悲しさもあるが、いい風景だな。俺の故郷を思い出すよ」
「ああ、仁王島から光の門を潜った時に、故郷に偶然戻れたって言ってたね。似てるのかい、この村の風景が?」
仙は仁王島の戦いから連理の都に戻り、巡察以外の主命がない間、3日にあげず竜次の家に入り浸っており、その際、竜次が偶然帰郷できた話も聞いている。それゆえ竜次が、自分の故郷と日陰の村の懐古的な風景を、重ね合わせているのに興味を持ち、何の気なしに彼へ尋ねてみたようだ。ただ、その何と無い問い掛けに竜次がどう答えるかは、傍らで会話を聞いていた咲夜とあやめにとっても深い関心があるようで、特に咲夜は、
(やっぱり竜次さんは、日本の故郷に帰りたいのかな……)
一緒に神社で国鎮めの銀杯を探していた時のことを思い出し、幾らかの心配を抱えながら、壮年近い想い人の顔を見ていた。
「そんなにじゃないけど、ちょっと思い出すくらいには似てるってとこかな。まあそんなところさ、変な里心がついてるわけじゃない。俺はこういう田舎が好きなだけだよ」
竜次は笑いながら、作物を穫り入れられた田畑の風景を眺め直し、何も気にしない風に仙へ答えている。どうやら郷愁の想いは、今の彼にほとんど残っていないらしく、大切な配下として、そして想い人として竜次を気遣う咲夜の心も、竜次の本心を聞けたことで落ち着いてきたようだ。
日陰山の陰が大きく村にかかる中、竜次たち4人は晴明が住む白壁の庵へ歩みを進め、程なくして行き着いた。
庵の前にある小さな畑を覗くと、村の田舎道周りで見た畑と同様に、日陰菜の新しい苗が植えられている。どうやら晴明は、畑の収穫を今朝内に済ませたようだ。畑から庵の縁側近くの部屋に竜次たちが目を移すと、畑仕事で疲れた晴明が、端正な寝顔で朝寝をしており、ちょっとやそっとでは起きそうにないほど、その眠りは深い。庭木にとまって鳴く小鳥のさえずりも、ちょうど晴明の眠りを長める子守唄になっていた。