第177話 様式美
縁側の戸を開け放った評定の間に、涼しい秋風が流れ込んでいる。風に乗って秋の花の薫りも、どこからともなく混ざって来ており、主命を引き締まった顔で受けていく主立った文官、武官たちにとって、その薫りは場の緊張感を和ませる丁度良い芳香となっていた。
昌幸はあらかじめ用意していた冊子状の命令書を開き、縁の国の文官、武官たちに次々と主命を申し渡していく。主命を受けた者たちは、皆、
「はっ! 承りました!」
拝命すると同時に頭領昌幸へ一礼し、評定の間から素早く去り、主命を果たす準備に向かう。その一連の流れは、盤石な主従関係における一種の様式美を表しており、かしこまって主命を待つ竜次は、
(いい人材が揃っている国だ。改めて思う)
と、しきりに感心していた。
「守綱、主命を申し渡す。ここから西、宵の国との境に八幡の砦がある。その砦の改修と増築を命ずる。改修工事は既に始まっているが、人足が足りなければ今から与える金で、適宜雇い入れるように」
「はっ、承りましたが……御館様、八幡の砦には拙者一人で行くのですかな?」
皆が主命を受け、次々と評定の間を去る中で、中老の役職階級を持ち、縁の国の幹部となった守綱も呼ばれる番になったのだが、彼に申し渡された主命は、明らかに他の者のそれと重要度が違っていた。それゆえ守綱は、拝命の形を取った後、昌幸により詳しい説明を求める。
「いや、精兵200名をつける。必要であれば、砦の建築に長けた者を連れて行ってよい。つまり、守綱の主な仕事は改修増築の監督と、八幡の砦が完成するまでの守備だ。どうだ? やってくれるか?」
「はい、よく分かり申した。改めて承ります! 立派な砦を築いて来ましょうぞ!」
全幅の信頼を置く守綱だからこそ、頭領昌幸が与えた主命である。難易度からして成果を出すのは簡単でないが、守綱は力強く請け負い、昌幸から仕事の予算として6000カンの金を受け取ると、
「竜次、やはりお前とは主命が別になったな。姫様を頼むぞ」
と、爽やかな笑顔で、部下である竜次に話しかけた。壮年近い美丈夫の竜次は、今まで、この気の合う上司と苦楽を共にしてきた旅のことを思い出し、一抹の寂しさを感じたが、すぐに感傷を払い、いい男の笑顔で守綱に返している。
心配でもあり、一番信頼している部下でもある竜次の笑顔をしばらく見た後、守綱は主命に取り掛かるため、評定の間を去って行った。最後に残ったのは、平一族以外に、竜次、あやめ、仙の3人であるが、この3人には、これから特命が申し渡される。