第173話 いらぬこと
竜次と仙、それに咲夜を始めとした縁の国の将たちは、3回目の国鎮めの儀式後、半月ほど、激戦で受けた各自の傷を癒やす休暇も兼ね、頭領昌幸から大きな主命を受けることもなく、連理の都内で平穏に過ごしていた。とはいえ、各将たちは完全に遊んでいたわけではなく、竜次と仙には都内を歩き、治安向上と維持を図る巡察が、休養期間内での軽めの仕事として与えられていた。
連理の都内の巡察は、繁華街や歓楽街への外出とほとんどリンクしており、竜次と仙にとって仕事という感覚は無く、都のことをよりよく知るための、言わば楽しみと思い、2人とも取り組んでいた。竜次と仙は、将の中でもまだまだ新参者と言える。縁の国の内情に不案内な部分が多かろうと昌幸が考え、巡察を当面の主命としたわけであり、その点においても、頭領昌幸の配下を思いやる優れた柔軟性が現れており、竜次と仙もまた、そのように昌幸の君主としての器を捉えていた。
そうした平和な日々を、各自過ごしていたある日のこと、竜次の家に、今日は朝から意外な客が来ていた。
「仙さん? もしかして、毎日竜次さんの家に入り浸っていたんですか?」
三日月目を不機嫌な形に変えて、今日も竜次のところに来た仙を、厳しく問い詰めている銀髪の美少女の姿が見える。咲夜である。
「いやいや咲夜ちゃん、毎日じゃないよ? 2日は開けて来ることが多かったさ」
「3日にあげずってことじゃないですか! はぁ~、困った大霊獣だわ……」
前にも述べたが、竜次と仙はどちらも成熟した大人である。成熟した男女でもあるわけだが、その2人がどういう仲になろうとも、咲夜は2人の主人筋に当たるとはいえ、とやかく言うことはできない。しかしながら、仙とは先に交わした女と女の約束がある。
傍に住むようになっても、竜次と男女の一線を越えない。
このことである。このことを咲夜は今、仙に強く問い質しているわけだが、そういった事情を全く知らない竜次は、
「咲夜姫? 仙さんが俺の家に上がるの、そんなにまずかったですか?」
と、場の空気が読めずに、咲夜の心を逆撫でする質問をしてしまった。いらぬことを言った竜次自体に邪気は無い。咲夜は咲夜で、
(あなたが好きだからこんなことになってるのよ! この鈍感男!)
という思いの丈を、全て言ってやりたい衝動に駆られたが、グッと堪えたようだ。
「まあそれはともかく……竜次さん、仙さん、今から私と大宮殿に来てもらえませんか? 手伝って欲しいことがあります」
咲夜は姫として、2人の主人としての体裁を保ちつつ、キョトンとしている竜次の質問をはぐらかしながら、ここに来た本題を話し始めた。