第171話 平和の中での恋模様
上機嫌で狐耳をぴょこぴょこ動かしながら、まな板の上の根菜を包丁で切っている仙の姿がある。その割烹着を着た細腰の美しい後ろ姿を、竜次は机に頬杖を突いて、うつらうつらとうたた寝をしながら眺めていた。
咲夜たち討伐軍が星熊童子を仁王島で退治した後、縁の国に以前と比べ、明らかな平和が訪れた。国内全域を見ると、怪異やオーガによる人への被害はまだ散見されるのだが、3回目の国鎮めの儀式後、それらの被害報告は激減している。何より国全体を覆っていた不穏な薄い瘴気がほとんど晴れ、国民も普段吸っている空気が、平和なものに変わったのを感じ取っているのか、首都である連理の都中心に繁栄の活気が目に見えて戻っていた。
「ほら、煮込みが出来たよ。竜次の好物だろう? たんとお食べ」
「おっ! いい匂いがするな! じゃあ今日もご馳走になるか」
仙は切れ長の目で幸せそうに微笑みながら、好きな竜次がうまそうに牛肉と根菜の煮込みを、箸でつまんでは食べていくのを傍で見つめている。まるでお似合いの夫婦のようだが、この光景を咲夜が見たら何と言うだろうか。
星熊童子討伐を成し遂げた功労者である仙は、頭領平昌幸から激戦での大活躍を讃えられ、褒美を貰っている。最初、昌幸は、多額の金品と良質な絹で作られた着物を、仙に感謝の印として贈るつもりだったのだが、
「そんな物はいらない。代わりに掘っ立て小屋でいいから、竜次の家の近くに私を住まわせておくれ」
と、九尾の女狐自身が言うので、昌幸はそんなものでよいのかと、とても怪訝な顔をしつつ、竜次の家にほど近い簡素な平屋を手配し、これからの住居として仙に与えた。その論功行賞に気が気でない心境で同席し、嫌な冷や汗をにじませて一連の流れを見ていたのは咲夜である。
(まずいわ!? でも、仙さんの功を考えると何も言えない……どうしよう!?)
銀髪姫にとって、事情に全く気づいていない昌幸が与えた仙への褒美は、最悪としか言いようがなかった。傍にいる幸村と桔梗は、仙の意外な断りと要求の言葉を聞いて、
(もしや、仙殿も竜次が好きなのでは?)
と、慌てたように気づき、昌幸の方を2人とも見たのだが、最大の決定権を持つ頭領がこういう色恋ごとに鈍く、何も勘付いていないのだからどうしようもない。咲夜にしても父昌幸に、仙が竜次に惚れていることを、今までにきちんと伝えていなかったのが悪い。
(しまった~!!?? どうしようどうしよう!!??)
竜次への想いを言葉に出してここで言うわけにもいかず、慌てふためいた心を押さえつけながら、咲夜はただじっと、うつむき加減に正座していた。




