第170話 国鎮めの儀式(3回目)
その日は秋雨が大宮殿の庭に生える菊の葉を、朝からとめどなく濡らし続けていた。
神事の間には汚れない無垢の祭壇が設えてあり、今、国鎮めの儀式が執り行われようとしている。祭壇の前に座り、祈りを捧げる心を整えた咲夜は、朱と白の巫女装束で神前に臨んでおり、乱れなく櫛で梳かした銀髪には、赤珊瑚の髪飾りがアクセントとして付けられていた。美しくも厳かな咲夜姫の出で立ちである。
(綺麗だな)
儀式に臨む咲夜のすぐ斜め後ろで正座している竜次は、今日の天気と対象的な、澄み渡った空のような彼女の顔を見て、心からそう思っていた。竜次自身も一点の曇りもない白装束で国鎮めの儀式に臨んでいるのだが、これから身を賭して祈ろうとする咲夜の決意に満ちた美しさの前で、
(咲夜姫という花を引き立てる菖蒲の葉のようなものだ、俺は)
何とない場の安心感に身を任せ、自分を自然な形でへりくだることが出来ていた。
竜次は目をつむり、深呼吸で心身のバランスを調整した後、儀式が始まるまでの間、波乱万丈だったこの幾日かの出来事を思い起こしている。
星熊童子討伐を終えた竜次と咲夜たち討伐軍は、一宿、戦いの疲れを癒やした後、与一に別れを告げ、結の町から連理の都へ帰って行った。見事に全ての目的を成し遂げ、大戦果を上げて帰還した咲夜以下の将兵を、昌幸、桔梗、幸村は、真っ先に激賞したかったのだが、仁王島の激戦で、命を落とした兵がいるのにすぐ気づき、尊い命を捧げ、遺体となった8名の精兵たちを弔う合同葬を、何より先に執り行った。
精兵達の犠牲を衷心より尊び悼み、彼らの遺体を全て埋葬した後、
「みんな、よくやってくれた」
国を守るため命を散らした精兵を含めた星熊童子討伐軍を、昌幸は深い感謝を込め、そうとだけ静かに褒め称えた。
平一族と縁の国を守るため、英霊となった精兵たちに報いる決意と共に、咲夜は無垢の祭壇に向き合い、一心不乱に真言の祈りを捧げ始めた! 銀髪姫の体からオーラとして放たれる法力が、祈りにより最高点まで到達すると、祭壇に供えられた国鎮めの銀杯に変化が起こる! 咲夜の祈りに共鳴して生じた緑色の光が、杯全体から祭壇に掛けられた摂理の曼荼羅へ向かって一直線に伸び、描かれた文様の一部を色付けるように照らし始めた!
「父上、国鎮めの儀式は今回も成功致しました。ですが、これは何でしょう? 縁の国に薄く漂い続けていた瘴気が……」
赤、青、緑、3つの国鎮めの銀杯が、摂理の曼荼羅を3色の光で照らし始めた瞬間、縁の国全体を覆っていた瘴気が晴れ、平穏と平和の空気に入れ替わった形容し難い感覚を、神事の間にいる皆は一様に、その五感で覚えている。