第168話 日の光
思いがけず故郷に戻ることが出来た興奮もあってか、竜次は無意識のうちに咲夜の手を握って歩いている。特に銀髪姫が自分に向けてくれた好意に応えるためなど、そうした異性への恋愛意識から出た行動ではないようだ。しかしながら、手をつないだまま社に向かって一緒に歩いている咲夜はというと、
(これは……竜次さんに一歩近づけたかもしれないわ)
と、その聡さゆえか、いつもより積極的に接してくれる竜次の変化を鋭敏に察し、自分の想いが進んだと、顔を少し赤らめながら心の内で喜んでいた。男女の恋仲というものは、間で多少、感覚のズレが生じるものではないかと思うが、竜次と咲夜にとってお互いへの想いの差が、良い方向へ転がっていくかどうかはまだ分からない。
社の中は、その外観通り広くはなく、かと言って、中に入った竜次と咲夜の動きが制限されるほど狭くもない。ヒノキ木材をうまく組み合わせて作られた格子窓から、秋のそよ風と共に優しい陽光が差し込んでおり、神社に祀られている御神体の大札を神秘的に照らしている。天照大御神と書かれている大札の前には、ヒノキの小さな台が備え付けられており、その台の上に日の光で鈍く輝く石杯が置かれていた。
「あった! 咲夜姫、これです。石になった国鎮めの銀杯ではないですか?」
呼び覚ました記憶通りだったのだろう。竜次は故郷とアカツキノタイラが、子供の頃に見た石杯により奇しくも繋がった事実から、まだ軽い興奮状態が収まらないようだ。一方の咲夜も石杯を見て少しの間驚いていたが、御神体の大札前まで静かに近づくと清らかに一礼し、無限の朱袋から時送りの砂が入っている錦の袱紗を取り出した。
「石になり、霊力が僅かしか残っていませんが、正しく国鎮めの銀杯です。天照大御神様、この石杯をしばらく拝借致します。お許しください」
咲夜が祭神に対し恭しく断りの礼を執ると、それに応えるかのように差し込む陽光がほのかに強くなり、御神体のみならず石杯を持った咲夜をも照らし始めた。日の光を受け、美しく神がかった銀髪姫は、錦の袱紗から時送りの砂を白い指で一つまみ取り出すと、力をほとんど失った石杯に満遍なく振りかける。一瞬、小さな虹が石杯の上にかかった後、その杯は、荘厳に輝く国鎮めの銀杯に変化した!
3つ目の国鎮めの銀杯を確かに手に入れた竜次と咲夜は、神社がある丘の石段を下り、アカツキノタイラへ帰るため、異空間への歪みである光の門の方へ向かっている。頭を垂れる稲穂が美しい田園風景の中を歩いているのだが、懐古の情で辺りを眺めながらゆっくりとした足取りで進む竜次を見て、咲夜は彼を想い、何かを悩んでいた。