第167話 手をつないで
朴念仁の竜次にも、配下を越えた大切な存在として咲夜が励ましてくれているのに気づくことができ、年の離れた美しい銀髪姫からの好意に、この壮年近い美丈夫は驚いていた。一瞬だけ、竜次は咲夜の好意に対しどう返せばいいか迷ったが、自分のことをこれほど気遣ってくれている彼女の心が嬉しく、考える前に自然と出た笑顔が、優しく微笑む咲夜に向けられている。
「ありがとうございます、咲夜姫。……それにしても考えていたんですが、地下空間から光の門を潜った先が、俺の故郷だったのはなぜなんだろう?」
竜次の故郷に、仁王島の光の門が繋がっていたのは、全く思いがけない出来事であった。そのため、竜次と咲夜は最重要の目的を忘れかけていたが、日本のここに来た本題は、国鎮めの銀杯を探し出すことである。単なる偶然で、異空間の歪みがこの地域に通じていたとは思えない。
「ここに来た何かがあるはずですね。竜次さん、故郷のことをよく思い出して下さい。国鎮めの銀杯につながる記憶が、何か少しでもありませんか?」
「…………」
両手で顔を覆った竜次は、子供の頃、故郷で過ごした思い出を遡り、静かに黙って記憶を呼び覚ましている。学校で友人たちと走り回って遊んだこと、広い田んぼで正月に凧揚げをしたこと、生家近くの神社の秋祭りでりんご飴を食べながら神楽を見たこと……
「そうだ! 神社だ! 咲夜姫! 行きましょう!」
「えっ!? 竜次さん!?」
何かを突然思い出した竜次は、おもむろに顔をあげると咲夜の右手を掴み、東に見える近くの小さな丘へ走り始めた。手を振りほどこうと思えば振りほどけるのだが、想い人の竜次からこんなに強く手を握られたことは今までなく、咲夜は、嬉しさや驚きがないまぜになった心のまま、竜次と手をつないで走っている。
東の小さな丘には石段がつけられており、大きな桜の木が幾本もその両側に立っていた。今は秋だが、春になれば綺麗な桜景色が見られるのだろう。竜次と咲夜は丘の石段を駆け上がると、静寂が広がる厳かな神社の境内にたどり着き、お互いつないでいた手を放すと、すっかり上がってしまった息を、へたり込みそうになりながら整え始めた。
「どうしたんですか、竜次さん? いきなり走り始めて、ここまで来ましたけど? この神社に何が?」
石段を一気に駆け上がるのはきつかったようだが、呼吸がしばらくして元に戻った咲夜は竜次にそう問い掛ける。竜次の目は社の方を向いており、
「思い出したんです、こっちに来て下さい」
と、再び咲夜の右手を引いて、小さな社の方へ静かな境内を歩いて行く。