第166話 黄金色の稲穂
竜次と咲夜が光の門を潜り、まるで光の粒子になったような感覚で異空間を漂い進んだ先には、黄金色の稲穂が一面に実る田園風景が広がっていた。竜次はその風景をゆっくりと見回した後、茫洋とした表情で驚き、何かを思ったのか辺りの空気を深く吸っている。
「ここは……間違いない」
「竜次さん?」
竜次のリラックスした表情を、今までの銀杯を探す旅の中で知っている咲夜であったが、ここまで肩の力を抜いて緊張から解放されている彼の顔を見たことがなく、銀髪姫はアカツキノタイラで見せたことがない竜次の様子に、どう声をかけてよいか分からない。咲夜は一言、名だけを呼びかけると、竜次が歩いていく方向へ黙ってついて行く。
稲穂が広がる田園風景の田舎道を2人は少し進んでいくと、鄙びた地域らしい広々とした造りの旧家があった。竜次は黄金色に広がる田の中にポツンとある立派な旧家を、遠くから懐かしそうに眺めていたが、
「あれは、俺が住んでいた家なんです。学生時代まで、あの家で親と住んでいました」
と、咲夜の方を向いて、自分の思い出の中を、少し小さな声で語り始める。
「そうだったのですか。あれが竜次さんの生家……立派なお家ですね」
咲夜は竜次に微笑みながら、そう優しい言葉で応えた。竜次は、アカツキノタイラで自分の生い立ちについて語ったことはほとんどなく、想い人をもっと知りたい銀髪姫にとって、寂寥感を帯びた顔で、これから彼が続ける故郷の話は、深く引き込まれるものに違いない。
竜次は大学を卒業した後、自動車メーカーに就職し、生家から離れた地域の工場に配属された。その工場で働き始めて数年後、両親を立て続けに病気で亡くしてしまった。竜次は一人っ子であり、両親を20代前半の頃に失った後、故郷の生家に戻るつもりもなく、実家を売却処分したという。
「親類縁者のつながりが、ほんの薄っすらとだけないこともないんですが、そういうしがらみが俺にはもうないんです。日本からアカツキノタイラに行く時、迷わなかったのはそういうわけです」
「大変なことがあったのですね……でも、今の竜次さんを見て、御両親はご安心だと思います」
「? どうしてですか?」
思いがけない返しに、不思議そうな顔で竜次は聞き返した。咲夜はそれに笑顔を向けて、
「自分を持って、しっかり生きていらっしゃいます。天国で見守っていらっしゃる御両親も、きっと、そう思われていますよ」
まるで竜次の背中を押して支える年下の妻のように、思いやり深く心強い言葉をかけた。