第156話 与一の覚悟
封印というと物々しいイメージがあるかも知れない。しかしながら言葉の意味自体は、封をした証拠として印を押すという事務的なものである。身近な例で言えば、封筒に書類を入れ、それを糊付けしてペンや印鑑などで封をした印をつけるということがあるが、その封印を手で破ると、後で修復しようとしても不自然な形にどうしてもなる。
「また奇っ怪なものがあるねえ。こんな大門、どうやってここに作ったんだろうねえ」
ほとんど朽ち果てている2体の仁王像がにらみを利かせる間をしばらく進み、仙が呆れたように見上げているのは、人の背丈の3倍はあろうかという、異様な重厚さと存在感を持つ鉄の大門である。
「恐らくは、山蝉、川蝉の仏師兄弟が仁王像を作り置き、鬼たちを封じ込めたあと職人を呼んで、この大門を作らせたのではないかと思うが、それにしてもこれはどう開けたものかのう? 何のつもりかは分からぬが、門の内側から閉めてあるようじゃが?」
試しに守綱が鉄の大門を、丈夫な革手袋を着けた手で押したり引いたりしてみたが、予想通りびくともしない。封印は頑丈なようだ。しかし、明らかに不自然な点もある。一つは守綱が気づいたように、内側から大扉が閉められていること、もう一つは、大扉にところどころ傷がついており、変形している箇所があることだ。
「これは間違いなく鬼たちの根城だろう。この中にいた金熊童子率いる大勢のオーガたちが、鉄の大門を力づくでこじ開け、島から大陸へ船で渡ってきたのだろうが、いずれにしろ、我々もこの大扉を打ち壊さねば、鬼討伐ができぬ」
与一は部下を呼び、鮮やかな緑色の大弓を持って来させると、極めて自然な動作で、迷わず弓に矢をつがえようとしている。
「守綱! 竜次! 下がっておれ! 私がその大扉を壊す!」
「与一さん! でも、震天弓で矢を撃ったら、与一さんの力が……」
「他に手はない! 矢を放つぞ!!」
与一の決断は揺るぎなく、竜次たちが鉄の大門周りから退避したのを確認すると、膨大な光の法力が込められた渾身の一矢を、震天弓から超高速で放った! その刹那も間隔がない次の瞬間! 重厚な鉄の大扉は、圧倒的な力による爆発音と共に粉砕され、辺りには鉄の残骸がそこかしこに散らばった!
「与一さん!!」
「……これでよかろう。私はこの矢で用済みになった。あとは任せたぞ」
震天弓の矢を放ち、ほとんどの体力を消耗した与一は、疲れ果てた体で竜次に薄く笑顔を見せると、その場で膝をつき、肩で息をし始めた。
封印の大扉は、与一の矢によりこじ開けられた。大口を広げ不気味に待つ鬼たちの根城へ、進むより他はない。