第15話 今日の日が落ち月明かり
「そうか、本心でないとそのようなことは言えぬな。咲夜よ、お前は今年で19になる。好きな男がいるなら、嫁いでもおかしくはない年だ。竜次は私から見ても良い男だ。幾らか咲夜と年が離れておるが、それで合わないこともないだろう。むしろ良いのかもしれぬ」
「えっ……父上? それは、婚姻のことをお話しですか?」
あまりに急な展開に、咲夜は目を丸くして、昌幸の顔をまじまじと見つめている。その通りだ、という極めて真面目な顔で昌幸はうなずき、その後に桔梗も続いてうなずいた。
いっぺんに気持ちが乱れ、その整理をつけるため、咲夜は、西の陽を受けて映えるツツジたちを、再び眺めている。そして、一国の姫としての自分の境遇と、いずれどこかへ嫁がなければならない身であることを少し考え、
(それなら確かに、今、竜次さんに嫁いだ方が……)
そう、心がまとまりかけたが、ハッと我に返ると、頭を大きく振り、
「そのことは今はいいんです! それより、兄上はまだ帰っておられないのですね。ご無事でしょうか」
と、話をはぐらかすように、咲夜のただ一人の兄、幸村のことを両親に尋ねた。縁の国において、平家の長男である幸村は跡取りである。これ以上大事な者はいない。そして彼は、父昌幸に似て知勇兼備のつわ者であるのだが、
「宵の国付近を根城にしておる賊の討伐に、手こずっておるようだ。10日前に伝令が便りを持ってきたが、それ以降、音沙汰がない……援軍を出さねばなるまい」
昌幸は悩んだ渋い顔を珍しく見せ、咲夜の兄を想う心配に返答した。それは息子を想う父として、また、国を統べる為政者として見せた苦悩である。
その頃、竜次と守綱はようやく武具屋にたどり着いていた。一応はまだ陽が残っているが、もう少したてば、月と星の光と完全に入れ替わるだろう。武具屋の軒先は、行灯風の超速子を利用した明かりが点いており、夜も開けている周りの店も、それと同様であった。
「おう! 親父! 久しぶりじゃったな」
「ああ、これは守綱様。よくいらっしゃいました。夜に差し掛かっておりますが、どういったご用件で?」
守綱はこの武具屋のお得意様らしく、主命で大量の武具を購入することがあるそうだ。そうであるので、店主の親父は下にも置かぬ愛想で応対している。
「実は、新しい部下を昌幸様から付けていただいてな。この者なのだが、竜次という。これからよろしく頼む」
「竜次と申します。よろしくおねがいします。以後、お見知りおきを」
竜次も百戦錬磨だが、この親父も武具屋を守ってきた百戦錬磨である。その眼力で、竜次の人となりをゆっくりと眺めていたようだが、納得がいったようで、親父の表情がいい笑顔になった。