第148話 姫の不機嫌
大宮殿の広い前庭に、竜次、咲夜、守綱、あやめ、仙の姿がそれぞれ見える。皆は昌幸から受けた、仁王島制圧の主命を果たさなければならない。それゆえ、仙の縮地で連理の都から結の町へ瞬間移動するために集合したわけだが、銀髪姫の機嫌がすこぶる悪いのを、守綱とあやめは集まった当初から唖然として見ている。
(ここまで咲夜様の機嫌が悪いのを見たことがないわ。何があったのかしら?)
楽しみにしていたデートを壊され、さらに言えば仙に恋のレースを抜け駆け先行された形である。そんなことが昨晩の倶楽部『縁』で起こったわけなので、咲夜が不機嫌になるのも当然だ。しかしながら咲夜は縁の国の姫であり、今回の制圧戦の軍団長でもある。いつまでも不機嫌でいられても困ると思い、あやめは挨拶したきり皆と何も話さない咲夜を、わけもわからずどうしたものかと考えていたが、
「咲夜ちゃん、昨日のことは悪かったよ。ごめんね」
その空気を察したのか、不機嫌の原因を作った張本人である仙が、咲夜の傍に近寄り小声で謝ってきた。守綱とあやめは、咲夜が竜次に想いを寄せているのに気づいているが、想われている当の竜次はどうしようもない鈍感男なので、未だに咲夜の自分に向けた好意をはっきりとは気づいていない。咲夜にだけ聞こえる小声での謝罪は、その辺りを考えた仙の配慮である。
「仙さん……でも、謝られてもデートは戻ってきませんし」
「分かってる分かってる。今度、咲夜ちゃんが竜次とデートするときは何も邪魔しないから、ついていかないからね。約束するよ」
仙にとって、咲夜は恋敵だ。だが同時に、咲夜を年の離れた妹のように可愛がっている節がある。そんな可愛い咲夜を昨晩の『縁』で出し抜いた負い目が仙にもあり、チクリチクリと九尾の女狐なりの良心が痛んでいたらしい。白い肌の両手で咲夜の右手を優しく握り、可憐に微笑みながら次は必ず譲ると許しを請う仙に、
「きっとですよ仙さん」
と、不機嫌でキツくなっていた表情を緩め、咲夜は仙を許し、昨晩のことを水に流した。鈍感な竜次を含め、咲夜と仙の小声でのやり取りを見ていた3人には何のことか分からなかったが、咲夜にいつもの明るい顔が戻り、みんなホッと胸を撫で下ろしている。
「うん、きっとね。よし、それじゃあ縮地を使うよ。私の周りに集まりな」
一件落着となったことに安堵した仙は、咲夜、守綱、竜次、あやめを呼び寄せ縮地の法術を唱えると、次の瞬間、一行は青い球体に包まれその場からいなくなった。誰もいなくなった朱色の大宮殿の前庭では数羽のセキレイが、ちょこちょこと愛らしく何かを探して歩いている。