第145話 約束事
「戦に絶対はありえんが、仁王島に攻め込む絶好の機会を逃す手もない。咲夜、守綱、竜次、あやめ、仙、お前たちに仁王島制圧の主命を与える。四天王の一匹である青い女鬼を討伐し、3つ目の国鎮めの銀杯を、結の町を統治する与一と協力し手に入れてくれ。頼んだぞ」
「はっ! 承りました! 姫様や竜次たちとまた一緒に戦働きが出来るのですなあ! 腕が鳴りますわい!」
守綱は昌幸からの主命を受け、意気軒昂に目を輝かせている。すぐ隣に座っている竜次の肩を、この壮年の好漢は強く手で叩くと、
「仁王島へ行くしかないのう、竜次! またよろしく頼むぞ!」
アカツキノタイラに来た当初から面倒を見てきた異世界人の部下に、屈託のない笑顔を向けた。気の合う上司にこんないい顔を見せられては、部下として相棒として、竜次も目尻にしわを寄せて笑うしかなく、仁王島制圧の主命を受けた他の者も、覚悟と気概十分な微笑みで、守綱と竜次、上司部下コンビのやり取りを見守っている。
結の町から仁王島へ船で上陸し、四天王の一匹である女鬼を討伐する。これが昌幸から竜次たち皆が受けた主命であるが、その討伐準備は大方完了していた。あとは竜次たちが結の町へ移動すれば、制圧作戦における軍事行動開始となる。
竜次を始めとして兵を率いる将たちの士気は既に十分なのだが、咲夜、竜次、あやめ、仙の4人は、日陰の村で主命を果たして帰ってきたばかりである。その4人の目に見えない疲労を考えたのだろう、昌幸は数日の休暇を、仁王島制圧に向かう将たちそれぞれに与えた。連理の都で英気をよく養ってから戦に臨めということだ。
「あら、お久しぶりね。どうしたのかなと思ってたのよ。また来てくれて嬉しいわ」
与えられた数日の休暇を利用し……というわけでもないのだが、竜次はある約束事を思い出したらしく、精霊のような透明感の若ママがいる、倶楽部『縁』に来ている。今日の若ママは、薄青色の下地に鈴蘭の白く小さい花を幾つもあしらった着物を着ていた。青と白のコントラストにより、若ママの芯の強さと美しさが儚さの中に強調され、ひと目見て竜次は、出迎えてくれた若ママに惹きつけられた。
「なんなんですか~、竜次さん? その鼻の下を伸ばした顔は?」
「咲夜ちゃんの言う通りだよ。まったく、男ってのは困ったもんだねえ」
縁に客として入ってきたのは竜次だけではない。咲夜と仙が同伴している。幾らか以前のことになるが、竜次は妖狐山に向かう途中、咲夜と一緒に倶楽部『縁』へ行き、若ママと会って話をしてみようという約束をしていた。先延ばしになっていたその約束を守るため咲夜を連れて来たわけだが、約束に関係ない九尾の女狐がしれっとついて来ているのはどういうことだろう?




