第144話 運命づけられた機会
大宮殿の庭園で菊の葉をついばみ遊んでいた八咫烏は、それに少々飽きてきたらしく、首をすぼめ体を丸めて眠り始めている。愛嬌たっぷりの八咫烏が眠る様子に、軽食を取っていた皆は気づいたようだが、遠目で見ているため、その烏が三本足を持つ八咫烏であることにまでは、誰も気づかない。
八咫烏が初秋の庭園で眠る様子が、黒い一点のアクセントとなっている。評定の間から、大きく広がる一枚絵のような風景を眺めつつ、平一族とそれに従う竜次たち配下は黙々と箸を進め、平家の戦場飯であるかしわ結びと大根の味噌汁を残さず平らげた。皆が食べ終わるのを見計らい、控えていた炊事場の者たちが、空になった漆塗りの膳を手に持ち、次々と下げて行く。
「よし、皆よく食べたな。これより小評定を行う。膳にかしわ結びを乗せたことから気づいた者もいると思うが、戦評定だ」
「やはりそうでしたか。こちらから攻め込むんですね?」
竜次が引き締まった顔で昌幸にそう聞いているが、皆も同様に肚を決めた顔をしている。昌幸は竜次の面魂としばらく向き合った後、ゆっくりうなずいた。
「そうだ。先程の咲夜の報告にあった仁王島を制圧する。3つ目の国鎮めの銀杯がそこにあり、なおかつ、四天王の鬼の一匹もその島にいるのなら渡りに船じゃ。攻め込むのは今しかない」
板敷きの広い評定の間に、高まった士気の漲りが見え、心地よい緊張感が走っている。歴戦の将である守綱などは、戦に臨む覚悟から来る薄い笑みさえ浮かべ、頭領、平昌幸の次の言葉を待っていた。
「今を制圧の機会と捉えるのには十分な根拠がある。咲夜、竜次、あやめ、仙殿、晴明の庵へ行き、所用を済ますよう頼んだ時、お前たちから仁王島についての詳しい報告を受けておったな? あれから今まで、結の町の与一と連絡を密にし、仁王島を監視し続けておったのだ」
「手抜かりがなかったわけですね。仁王島の様子は今までどうでしたか?」
あやめが冷静に状況分析をするため、昌幸に簡潔な問いを投げかけた。
「楽観視するわけではないが、結ケ原の合戦が終わった時から変わらぬ。大戦の後、まだ日数が多く経たぬため、オーガたちは戦力を回復出来ておらぬのだろう」
斥候を乗せた船を仁王島に近づけた偵察報告であり、昌幸は確度が高いと判断した。精兵500名を連理の都から結の町へ、既に動かしているという。昌幸らしい用意周到さと果断さであり、咲夜たちが主命を非常に早く済ませ戻ってきたのと合わせ、これは運命づけられた仁王島制圧の機会とも捉えられる。