第143話 かしわ結び
評定の間には長い縁側があり、戸を開け放つと大宮殿の庭が眺められるようになっている。平一族と竜次たちが、その広い板敷きの間に移動すると既に縁側の戸は全て開いており、深緑の葉をたたえた様々な木々が立つ庭から涼風がそよいでくる。夏の空気が秋のものへと入れ替わっていく、そうした季節を運ぶ風情を感じられる風だ。
「おう! 何日か会わなかっただけじゃが、久しぶりな気がするのう! 不思議なものじゃ」
評定の間の真ん中で座布団に座り、初秋の涼風を楽しんでいた武人が一人いた。平一族と竜次たちが入ってきたのを認めると、クシャッと笑顔を浮かべ、竜次に近づきその肩をポンと叩いてきた。竜次も嬉しそうな良い笑顔で、よく見知った武人の肩に手を置く。竜次の上司で今は中老に昇格し、縁の国の幹部として働いている守綱である。
「竜次は竜次じゃが、数日会わなかっただけで見違えたのう。姫様にしても、あやめにしてもそうじゃ。何があった?」
「晴明さんの庵へ行き、俺たちは厳しい稽古をつけてもらったんですよ。強くなりましたよ。まあ、後でそれは詳しく話しましょう」
竜次と守綱が再会の親交を温めているうちに、平一族とあやめ、仙は、それぞれ座布団が敷かれた席に座ったようだ。上司と部下という関係だけでなく、アカツキノタイラに来た当初から一緒に働いてきた相棒としても、積もる話が沢山あったが、御館様以下をあまり待たせるわけにもいかない。竜次と守綱はお互い会釈で示し合わせると、座布団の席へ静かに座った。
今回開かれるのは小評定であり、少数の特に信頼が深い者しか参加していない。それを鑑みて、咲夜が上座下座無しの車座評定を昌幸に提案した。昌幸も、膝を詰め寄り配下と話したいと考えていたところで、
「それは良いな、そうしよう」
咲夜の提案を快く受け入れ、すぐ近くにいる竜次や守綱などの配下から、ざっくばらんな意見を聞ける形を作った。
「御膳をお持ちしました」
昌幸たちが車座になった後、炊事場の者たちが軽食を運んできた。腹ごしらえを整えてから話をしようという心遣いだろう。漆塗りの小さい膳には、出汁が香ばしいかしわ結びと大根の味噌汁が乗せられていた。とてもシンプルな献立だが、
(かしわ結びか……ということは)
平家の戦場飯であるかしわ結びがここで出された意味を、配下の皆は表情に出さず心得ている。そして昌幸、幸村、桔梗、咲夜の平一族と共に合掌すると、温かい軽食にそれぞれ手をつけ始めた。