第141話 驚くこともなく
連理の都の大門前に広がる田畑では、朝から農民たちが忙しく働いていた。田の稲穂はよく実り、頭を垂れている。初秋が過ぎ秋がもう少し深まれば、もうすぐ収穫の時期になる。竜次たち一行は、いつものように広大な田畑の中を通る道に、縮地の法術で現れた。周りで働く農民たちは、竜次たちの突然の出現にもう慣れたもので、
(帰って来なさったか)
と、心の内で思うだけで、それほど驚きもしない。
「何回見ても飽きない良い風景だなあ。今年は豊作だな」
「ふふっ、私も生まれた時から見ている風景ですが、何度見ても全然飽きません。今年は自然災害が少ない年でした。毎年こうだと良いのですが」
「ん? ああ、分かった。都近くを流れる長江川が氾濫する年があるんですね?」
竜次が工場勤務をしていた日本のとある地域でも、豪雨や台風などで水害が度々起こり、仕事が休みになる日があったらしい。それで自然災害と聞いて、川の氾濫が、いの一番に思い浮かんだわけだが、それは正に大正解だったらしく、咲夜は三日月目を瞬き不思議そうな表情で竜次を見ている。
「竜次さんと話していると、何でそんなことを知っているんだろうとよく驚いてしまいます。その通りです。長江川から大水が溢れ、田畑や家屋が広く水に浸かってしまう年があるんです。治水工事を年々進めていき、被害は軽減されてきましたが、それでもまだ十分に水害を防ぐことはできません」
「なるほどなあ、そういう年がやはりありますか。いや、驚かせるようなことを言ってるつもりはないんですよ、いつも。俺がいた日本とアカツキノタイラは、問題が重なるところが多いもんでして」
咲夜に褒められた気がして何か照れくさかったのか、竜次はおどけた仕草を交えてそう答えた。咲夜を始めとする皆は、そんな竜次の明るさを見て笑っている。それは彼の得な嫌味のない性格に向けた好ましい笑いであり、竜次は日本にいた時も気づかない内に、自分の性格を裏表なく見せることにより、様々な場面で助けられてきたのだろう。
日陰の村では雨が降っていたが連理の都地域は晴れており、用意していた傘は差す必要がなかった。竜次たち一行は和傘を仕舞うと都の大門へ向かい、朱色の大宮殿へ真っ直ぐ帰還した。
「咲夜です。ただいま帰りました」
我が家に帰り、玄関に出てきた侍従に咲夜はそう伝えたのだが、旅からのあまりに早い帰りに、彼らは仰天するくらい驚いていた。兎にも角にも昌幸、桔梗、幸村の平一族に、縁の国の銀髪姫、平咲夜が帰って来たことを、侍従たちは慌てて奥に下がり知らせに行った。