第137話 四象の杖
咲夜の顔を見て、課した試練の意味を、彼女が全て悟っているのに気づいた晴明は、何も言わず広い原っぱの中に進んで行くと侵し難いオーラを放ち、真言を唱え特殊で複雑な印を結んだ。すると空間に地水火風、4属性の色を持った短杖が現れ、陰陽師晴明の手にそれは収まった。
「咲夜姫、あなたにとってこの修業は厳しいものであっただろう。だが、見事に成し遂げた。心身に潜在していた法力を引き出し高め、それを制御しつつ4つの精神球を全て破壊した。今ならこの『四象の杖』を使いこなせるだろう」
「四象……つまり、玄武、白虎、青龍、朱雀のことですか?」
四象は竜次がいた日本においてもその概念があるが、玄武は水、白虎は地、青龍は風、朱雀は火、4属性を司る神獣として、アカツキノタイラでも崇められている。ただ、その神聖で大きな力は伝説上のものとして考えられており、実際に四象の力を誰かが使いこなしたという話を、咲夜は今まで聞いたことがなかった。
「その通り。四象の杖にはそれらの神獣の力が宿っている。私が異空間に封じていたのだが、あなた方は鬼たちを倒し、アカツキノタイラを平和にしたいのだろう。この短杖を授けよう。あなたの法力を更に引き出すはずだ」
晴明は咲夜に『四象の杖』を託した。4色に輝く短杖は、咲夜の法力の高まりに共鳴しているのか、まるで手の一部のように馴染み、銀髪姫の手にはその重さすら全く感じられなかった。
「ありがとうございます、晴明さん。託された四象の杖を使い、アカツキノタイラを必ず平和にします」
「いい心意気だねえ、咲夜ちゃん。でも、その杖をどうやって使えばいいかまだ分からないだろう? 晴明、ちゃんと教えておやりよ」
「おお、そうだったな。渡しただけではダメだ。少し時間を取るが、使いこなし方を教えよう」
晴明は若干だが、意外にそそっかしいところがあるらしい。晴明のそういった性質を知る仙が、間に入って気づかせたので良かったが、そうでなければ『四象の杖』を使った、特殊な法術の唱え方と印の結び方を、教え忘れたままだったかもしれない。誰しも1つや2つ抜けたところがあるものだ。
晴明から『四象の杖』の使い方を一通り習い終え、咲夜が辺りを見回すと、広い平原の西側に日が落ちかけていた。一日がかりで成し遂げた修行に大きな達成感を覚えた咲夜は、4色に輝く短杖と平原を照らす傾いた西日を見比べ、
(私は確かな力をつけたんだ! 今日ここでのことを一生忘れない!)
そう自分を確かめ、課された試練を締めくくった。