第124話 星空の下での宴
何を成せば道が拓けるか見えてきた竜次たちは、早速、修行に向かうため身支度を始めようとしたが、
「そう急かずともよい。一日二日修行を急いだところで、何も大きな影響は出ぬよ。それよりは、せっかくここまで来たのだ。今日はゆっくり英気を養っていきなさい」
白壁の庵で一日よく休んでいけと、晴明が引き止めた。変わり者の陰陽師の親切心に、咲夜を始めとした一行は皆驚いたが、何より一番目を丸くして驚いていたのは、仙である。
「晴明、あんたそんなに人間が好きだったかい? しばらく見ない間に、本当に変わったもんだねえ」
「この人たちは特別ということだよ。特に竜次殿はな。先程の話ではないが、お前にも分かろう?」
九尾の狐の自分が縁の国に協力しているのは、惚れた竜次が国の武官として所属している部分に大きく依る。『竜次という人間が好きなのだ』と晴明から言われれば、それだけで仙の腑に落ち、他に何も疑問は浮かばない。つくづく竜次は不思議な男である。
晴明はその日、来訪した竜次たち一行をもてなすため、昼餉と晩餉をそれぞれ用意した。昼餉は、川魚の焼き物と日陰菜の味噌汁、それに白飯といった簡素なものだったが、晩餉はなかなか豪華で、冷やし箱で冷凍保存しておいたイノシシ肉を使ったバーベキューを、庵の広い庭で催した。竜次と酌み交わすためだろう、良い酒もたっぷり用意されていた。
「楽しめているか、竜次殿?」
「ええ、いい晩飯といい星空で最高の夜ですね! ありがとうございます、晴明さん」
澄んだ空に輝く一等星のような良い笑顔で酒を呑み干した竜次に、晴明も自然と笑みを向け、空になった陶磁器のぐい呑みに、徳利で酒を注いでやる。なみなみと酒が入ったそれに、陰陽師は自分のぐい呑みをコツリと合わせ、竜次と共に乾杯した。
「これからも、こうして度々呑み交わしたいものだな」
「ええ、これから何度でも呑めますよ」
笑顔でこちらを向いた竜次に、その時、晴明は旧知の誰かを重ね合わせて見たのか、少しだけ驚き、その目を見開く。
(まさかとは思っていたが……やはりそうかもしれぬ)
晴明は竜次の笑顔をじっと見ていたが、ゆっくり視線を外し、日陰の村の夜空に広がる天の川を目に映しながら深く考え続けた。
暁闇から少し時が経ち、日が昇り始めた翌日の早朝。昨夜の宴の後、よく眠っていた竜次は、庵の8畳間でふと目覚めた。周りを見回すと、咲夜と仙はまだよく眠っている。ただ一人、あやめは竜次よりも早く目覚めていたようで、既に日陰山の修行へ行く身支度を済ませていた。
(ちょうどいいな。早めに出よう)
竜次はあやめと小声で示し合わせ、咲夜たちを起こさぬよう静かに庵を出て、試練を成し遂げるため、日陰山の自然洞窟へ向かった。