第119話 気まぐれ
皆が白壁の庵に入り、縁側付きの8畳間から庭の畑を眺めると、日陰菜にはまだ大きな山の陰がかかっていた。晴明が先程柄杓で与えた水を吸いつつ、この地特産の緑の葉物野菜はよくまどろんでいる。
「これを飲んで食べて、ゆっくり整えると良い」
細やかな気遣いで晴明が竜次たち一行に出してくれたのは、冷茶と水ようかんである。白い陶器の皿に、小豆色の涼し気な練り菓子が盛られており、見ているだけで真夏の風情が感覚的に引き立つ。
「暑さしのぎに良い茶菓ですね、咲夜様」
「ええ……そうね」
あやめが思わぬ晴明の心遣いに感心し、咲夜へそう話しかけたのだが、何故かこの銀髪姫は少々機嫌が悪く、返事をするにしても心ここにあらずのようだ。あやめは咲夜の不機嫌の理由を考えていたが、すぐに思い当たりピンと来た。
(仙さんのことね。竜次さんを気に入っているからここにいる、と言ってたから……)
縁の国の姫という立場上、恋の嫉妬を表へ簡単には出せない咲夜に、あやめは女として同情している。ただ、姫を思いやるその心も表に出すわけにいかず、今は咲夜に多く話しかけることなく、目の前の水ようかんを竹の菓子楊枝で切り、少しずつ口に運び、心身の調整に専念した。
晴明が振る舞ってくれた冷茶と水ようかんを、皆が食べ終わる頃になると、咲夜の心も整い落ち着いてきたのか機嫌が直り、常日頃の彼女に戻っていた。
「晴明さん、あなたは便りを都の宮殿に送ってくれましたね。私たちのことを考えてくれた丁寧な書でした。ありがとうございます」
「なんのことはないよ。私は変わり者だが、気まぐれで人のことを考える時もある」
晴明が言う『人のこと』とは、咲夜たちも含まれているだろうが、大方は竜次のことだろう。それだけこの陰陽師は、異世界である日本から来た源竜次という人物を気に入っている。
(私も竜次さんが好きだけど、不思議なものね。竜次さんがアカツキノタイラに来てから、今まで動かなかった色んなことが動き始めた気がするわ)
咲夜はチラッと横で足を崩して縁側を眺めている竜次を見た後、涼やかな陰陽師に本題を切り出した。
「気まぐれで誰のことを考えたのか分かっているつもりです。手紙に書いてあった通り、私たちは3つ目の銀杯の在り処を知りたい。晴明さん、占って頂けますか?」
咲夜の言葉は単刀直入だが、晴明はこうした回りくどさがない頼み方は嫌いでない。元より、そのつもりで書を送ったのは晴明であり、少しの間だけ咲夜の凛々しさを見定めると、陰陽師はうなずき、口を開いた。