第117話 姉御肌
工房の奥の部屋で三吉が鎚を振るい、金物を叩く小気味好い音で仕事を進めている。年を取り体力が衰えたとはいえ、熟練の技はまだまだ健在のようだ。
「三吉親方は黒鱗鉱を仕入れてくれた後、少しずつ下準備までしていてくれてな。甲種甲冑装備を作ったのは俺なんだが、おかげで手間がかなり省けたぜ。黒鱗鉱は扱いが難しい甲冑の材料だが、作業に馴染むよう、親方が手入れをしてくれてた。言ってみると、あんたの甲種甲冑装備は俺と親方の合作ってわけさ。こんな逸品はこの世に一つだけだぜ」
甲冑製作にそういう経緯があったのかと、竜次は甚く感動した。こんな素晴らしい甲冑を託してくれたということは、それだけ竜次の強さに期待し、これから彼が見せていく活躍にとって、大きな一助になれば幸いと、善兵衛と三吉は考えているはずだ。
(縁の国のみんなを守って欲しいということだ。この甲冑に見合った働きをしていかないとな)
竜次は改めて善兵衛に向き直り、感謝の礼を深々と示した。待ち構える幾多の戦いで、竜次専用甲種甲冑装備は、彼をきっと救っていくだろう。
「竜次さん。自分の命だけは大切にするんだぜ。どんな戦があっても、生きて帰ってくるんだ」
決意に満ちた礼を示す竜次の表情に、少しばかり何かの危うさを感じたのか、善兵衛は彼の心に響くよう、そう忠告を残した。
竜次が黒鱗鉱の甲冑装備を受け取った後、まだ数日ほど準備期間が残っていたが、主命の旅に向けての支度はそれぞれ皆済ませてしまったようで、予定より早く集まり、晴明がいる日陰の村へ出発することになった。
今回の旅の一行は、咲夜、竜次、あやめ、仙、この4人である。朱色の大宮殿前の広場に集合し、いつもの旅のように馬まで用意していたのだが、この時になって、仙がとても意外なことを話し始めた。
「誰も聞かなかったから言わなかったんだけど、私は日陰の村に、昔行ったことがあるよ。どういうところだったかも、ハッキリ覚えている」
「えっ!? ということは……」
咲夜が突然の話に驚いているのを見て、仙は九尾の女狐らしくいたずらっぽく笑い、
「そういうことさ、縮地で日陰の村まで行けるよ。先に言っておけばよかったね」
と、頼もしい姉御肌で瞬間移動を請け負った。仙以外は今、よく走る駿馬に乗っているのだが、その必要はなかったわけだ。皆、馬から降りると仙の周りに集まり、縮地の法術によって生じた青い球体に4人ともスッポリ覆われると、次の瞬間、鄙びた村の田舎道にその姿を現した。