第114話 職人街
国鎮めの儀式と評定が終わった翌日。
「こうして来てみるとかなり遠かったな。都はやっぱり広いもんだ。外れにこんなところがあるとはなあ」
一人で独り言をつぶやきながら辺鄙な所を歩いている竜次の姿が見える。散策のために、このような都外れへ足を運んだわけではない。竜次にとって心待ちにしていた物を受け取るために来たのだ。
大宮殿での評定が終わりに差し掛かった頃、昌幸は一つ忘れていたことを思い出したようで、
「そういえば、晴明の手紙以外にもう一通来ておった。私にはピンと来ぬが、竜次、お前宛に来ておるぞ。この名に見覚えがあるか?」
手紙の差出人の名は善兵衛とある。その名を見て竜次は、体から沸き起こる興奮を隠し得なかった。
「はい! よく覚えております! 本当に手紙を送ってきてくれたのか。開いて読んでもいいでしょうか?」
「ああ、いいぞ。お前がそんなに喜ぶとはどういう便りか、私も興味があるな」
昌幸にはまだ、甲冑職人善兵衛について誰も報告していない。そのため竜次は、手紙の内容と結の町で出会った善兵衛という甲冑職人について、合わせて説明しながら報告した。頭領、平昌幸にとって、言わば瓢箪から駒が出たような話であり、嬉しそうに報告する竜次の顔と共に、甲種甲冑装備を作れる善兵衛が連理の都まで来れていたのは、結ケ原の合戦の勝利における全く予期しない副産物であった。
「手紙に描いてある地図からすると、この辺りのはずだが?」
宮殿で昌幸から渡された便りによると、善兵衛は約束通り、竜次専用の甲種甲冑装備を作ってくれたらしい。そうしたわけで連理の都の西外れ、防壁外の職人小屋が立ち並ぶ一風変わった所に竜次は来ているのだが、同じような形と大きさの工房が多く、どの職人小屋に善兵衛がいるのだろうと若干迷い、少し探しあぐねていた。
(トンテンカン……トンテンカン……)
今一つ場所が分からず、どうしたものかと竜次が佇んでいたところ、近くの職人工房から小気味好い作業音が聞こえてくる。手紙の地図を開き、照らし合わせてみると、どうやらここが目的の工房で間違いなさそうだ。竜次は小屋の引き戸の前まで歩き、
「ごめんください! 善兵衛さんの工房ですか!?」
戸を開け、作業音に負けないよう、大きな声で呼びかけた。そんな大声で呼びかけるまでもなかったようだ。工房内で座って鎚をふるい作業をしていたのは、正に、数日前に別れた善兵衛である。その腕の良い職人らしい皮が厚くなった手で調整していたのは、熱い職人魂が込められた、漆黒の甲種甲冑装備であった。