第107話 生き字引の老翁
何分、昌幸が若い頃に先代幸隆から聞いた話で、記憶があいまい不確かになっている部分も多い。そうではあったが幸いなことに、平家の本拠中の本拠である朱色の大宮殿には、縁の国建国当時からの資料や書籍をほぼ全て収蔵している書庫があるらしい。昌幸は、金熊童子とその同胞の鬼たちに関する大昔の資料が、書庫内に今もあることを竜次たちに伝えると共に、
「気ばかり焦らせても仕方がないのでな。まず書庫へ行き、6匹の強大な鬼たちの伝説をよく調べて読むように」
と、調査内容を指定して、それを主命とした。何はなくとも準備をしっかりせよ、ということである。
件の書庫は、大宮殿の中央から地下階段を下りた場所にある。重要書物が保管されているため、地下にありながらも何処からともなくそよ風が吹き込む、空気の通りが良い空間の構造になっており、また、日の光をできるだけ取り入れる工夫も、その書庫にはなされていた。静かで夏でも涼しく、読書にふけるには絶好の環境と言えよう。
「御館様から話を伺っております。鬼についての資料はこちらにございます」
地下に下りて入ってきた咲夜と竜次たちを目に認めると、腰が曲がった老翁の管理官は、非常にゆっくりと腰掛けから立ち上がり、皆を目的の資料がある書棚へ、杖を突き、のんびりと歩きながら案内した。とても年をとった翁ではあるが、頭は若い智者に負けないほど明晰なようで、あるいは縁の国の生き字引のような人物なのかもしれない。
案内に従い、目的の書棚までゆっくり歩くと、あらかじめ他の管理官が、6匹の鬼についての資料を閲覧机に載せ、すぐ読めるように用意してくれていたようで、関連資料を探すつもりでいた竜次たちは、その手間が省けた。
「ここでございます。縁の国の始まりとオーガとの戦いについて、大変興味深い資料になります。ごゆっくりお読み下さい」
そう丁寧な言葉づかいで、少しだけ資料の内容を説明すると、老翁の書庫管理官は、また杖を突きながらよちよちと書庫入り口の腰掛けへ戻っていった。閲覧机には、資料を読みやすくするため、超速子を利用したデスクライトが用意されている。
「それでは手分けして調べていきましょうか。ここで読書をするのは久しぶりになりますね」
数冊のそれぞれに厚みがある資料を、咲夜は守綱、あやめ、仙にそれぞれ手渡し、自身もその内の一冊を開き、日の光にデスクライトの明かりを足して、6匹の鬼の伝説についての調査を始めた。
ところで竜次はというと、咲夜の隣に座って一緒に資料を読んでいる。日本とアカツキノタイラの世界は、精神観念的につながっていて、言葉もほとんど同じなのだが、文字や文法については、少しばかり古文や漢文のような表現が混じっており、竜次には少々読みづらい。そのため咲夜の隣にちょこんと座り、読み方を教えてもらいながら、手伝っているわけだ。
というよりは、咲夜の機嫌が良さそうな笑顔を考えると、主命を受けてから、計算高くこの状況を狙っていたのかもしれない。