第106話 黎明期の伝説
縁の国の現頭領は言うまでもなく平昌幸なのだが、彼は先代の幸隆が年を取ってから生まれてきた嫡男で、一人息子でもあった。そのため、幸隆は大切な世継ぎである昌幸を可愛がり、惜しみない愛情を持って次代の頭領として育てた。昌幸はその期待に見事応え、現在、非常に優秀な当主として平家を取りまとめている。
「お祖父様がそのようなお話を……知りませんでした」
「私も初耳です。アカツキノタイラと縁の国にそのような過去が……」
昌幸は、うろ覚えな部分もありながら、先代幸隆が、まだ青年になりかけの頃の彼に話した、縁の国建国時と強大な鬼についての伝説を、先代がそうしたように、次の時代を担う愛息子と愛娘、幸村と咲夜に伝えた。昌幸はゆっくりと思い起こしながら、こう話している。
「先代の我が父幸隆が生まれるよりもっと前の大昔、縁の国はまだ造られたばかりで領土が狭く、妖かしも周りに多くおり荒れていた。オーガたちも跳梁跋扈しておったわけだが、更に悪いことに、それらを統率して人間を脅かす強大な力を持つ鬼が6匹もおったのだ。その中の1匹が金熊童子と、確かに先代は言っておった」
縁の国黎明期に、今とは比較にならないほど厳しい生活環境で暮らしていた、昌幸たちにとって御先祖様に当たる人々と、オーガたちとの戦いの歴史がその昔、確かに存在したという。そこで竜次は、ふと疑問に思ったことがあった。
(そんなに激しい戦いがあったんなら、縁の国に史跡や遺跡が残っているんじゃねえかな?)
頭に浮かんだ通りの疑問を、隣に座っている守綱に耳打ちで尋ねたところ、やはりそうしたオーガたちとの戦いの痕跡は、縁の国のみならず、アカツキノタイラの各所に残存しているらしい。何よりも竜次は、実際に伝説上の鬼とも言える金熊童子と、結ケ原の合戦で対峙した。大昔の伝説が、本当にあったことというのは、疑いを挟む余地がない。
「ということは、その大昔に暴れてた金熊童子が、今の世に復活してたってことかい? 竜次がきれいに斬ったけどね」
「うむ、そう考えるのが自然だろう。金熊童子がどうやって復活できたのか今は全く分からぬが、最悪の場合を考えておかねばならぬ」
仙は澄ました表情を特に変えることなく、昌幸の言葉を聞いている。頭領として昌幸が考える『最悪の場合』とは、オーガたちを統率する強大な力を持つ、他の『5匹』の鬼たちが、全て復活することを指す。あるいはその最悪は、既に起こっているのかもしれない。