第105話 核心に近づく
日本でも夏には特有の強い雨が時折降るが、アカツキノタイラにおいてもそれは同様で、今日の早朝から降り続いていた雷を伴う激しい雨が、正にそうであった。しかし、それもいつの間にか止んでいたようだ。
昌幸は大雨が止み、濡れた深緑の葉から、ポタポタと雫を落とす宮殿の庭木を、離れた窓から通して眺め、一旦言葉を止め、少しの間、微笑みを浮かべた。竜次は昌幸が頬を緩めたのを見て、その意味を考える。
(雨が洪水につながらず良かったということだろう。御館様はそういうお人だ)
正鵠を射た推測であろう。頭領、平昌幸は、何をおいてもまず民のことを考える。連理の都周辺に広がる広大な田畑には、都付近を流れる長江川から灌漑設備を通して隈なく水を引いており、今日のような大雨が続けば、治水の限界により氾濫することが度々あった。都に広がる田畑のスケールは見晴るかすくらい大きいが、長江川の規模感もそれに見合うほど、非常に広大である。他の意味も含んでいるかもしれないが、昌幸の微笑は、縁の国を支えてくれる農民のことを想い、水害を避けられて良かったという、安堵から主に来ていた。
「そうだな……少し昔話が混じるがよいか?」
「はい。全て聞きます。むしろどのような昔話か気を引かれます」
「はっはっはっ! そうか! では、全て話そう」
国鎮めの儀式を執り行っている間、昌幸は、幾らか格式と形式が入った言葉を使っていた。そうではあったが、外の大雨が水害につながらなかったこと、竜次がいつも通り正直な当たりの良さで聞いてくれていること、この2つで自身を律していた空気を緩められたのか、先程よりくだけた話し方で、頭領として言葉を続けた。
「私は結ケ原の合戦で勝利した後、オーガの大軍を率いていた大将鬼、金熊童子の名がどうしても頭に引っかかり、先ごろまでずっと考えていた。それが一昨日であったか、連理の都にもうすぐ戻れると緊張が解けた時、すうっと頭にあることが浮かび、思い出したのだ」
咲夜、竜次、守綱を始め、神事の間にいる者たちは、頭領の次なる言葉を待った。昌幸と幸村が、姿勢を楽にして聞いてよいと、話を始める前に指示しており、皆それぞれ足を崩して座っていた。
「私の父、つまり先代の幸隆が、縁の国が造られた時代、その大昔の話を生前してくれた中に、金熊童子の名が出てきたのを思い出したのだ。先代の話自体はうろ覚えになっておるが、金熊童子の名をそこで聞いたのは間違いない」
今までなぜ鬼を斬り、どこまで鬼を斬れば終わりが見えるのか、竜次は葛藤を抱えながら戦っていたが、話が一気に核心へ近づいたのを肌で感じ、拳に力を入れ、身を乗り出して昌幸の言葉を聞いている。