第102話 任務完了
別れの挨拶を済ませ、最後に軽く手を振ったかと思うと、善兵衛は夜目を利かせて走り去ってしまった。なぜか彼は、『つて』がどういう所の何であるかを竜次たちに伝えなかったが、去り際にチラッと、
「落ち着いたら都の何処にいるか、宮殿宛に手紙を出す」
何事かを包み隠すような言葉を残していった。『つて』に関して大っぴらに出来ない事情が、何かあるのかもしれない。善兵衛はどう見ても、嘘をついたり騙したりするような人間ではなく、便りが来るのを信じて待つしかないだろう。
「さて、すっかり暗くなったな。今日は色んなことがいっぺんにありすぎてくたびれたぜ。俺たちも家に帰りましょう、咲夜姫」
「ふふっ、そうですね。結の町は楽しかったですけど、私も今日はちょっと疲れました。ここで解散し、それぞれの家に帰って休みましょう」
咲夜が皆に解散を命じたことで、結の町救援の任務はここで完了となった。その瞬間、皆、緊張が一気に緩んだのか、体に溜まっていた疲れがどっと現れたようで、守綱や竜次などは頭を垂れてしばらくその場に佇んでいた。それだけ結ケ原の合戦と長旅で、気を張っていたのだろう。結の町の宿屋で、皆よく休んではいたが、芯からの疲れを癒やすのは、やはり本拠とする我が家ということだ。
主である咲夜に、竜次たちはそれぞれ一旦別れの挨拶をし、懐かしくもある我が家へ帰っていくのだが、そうしたなかに、どうしても主として咎めなければならない女狐が混じっていた。
「ちょっと待って下さい、仙さん? あなたが帰るお家はそっちじゃありませんよ?」
「あらら、やっぱバレちゃったかい? 咲夜ちゃんは厳しいねえ」
愛嬌を振りまいてごまかすように、仙は狐耳をぴょこぴょこ動かし、可憐に笑っている。何をごまかそうとしているのかと言えば、しれっとした顔でこの女狐は、竜次の家に帰ろうとしていたのである。絶世の美女である仙に、ついて来られるところだった竜次はというと、満更でもないような困惑したような、複雑な男の感情が入り混じった顔をしているようで、それがなおさら咲夜にとって腹立たしかった。
「竜次さんもちゃんと断らないとダメです!」
「わかりました……すみません」
竜次は謝ってはいるものの、咲夜がここまで強く咎める理由が何であるか釈然とせず、頭の上にクエスチョンマークが幾つも浮かんでしまっている。
男女の恋路というのは本当に難しいものだ。それに恋敵が絡み、身分差が絡めば、一層複雑怪奇になる。




